●テレビでニコニコしていた、あのおじいさんの正体
―― 皆様、こんにちは。本日は刑部芳則先生をお招きして、古関裕而さんについての講義をお聴きしたいと思っています。先生、どうぞよろしくお願いいたします。
刑部 どうぞよろしくお願いいたします。
―― 刑部先生の『古関裕而――流行作曲家と激動の昭和』(中公新書)は、いつ頃、発刊されたものでしょうか。
刑部 2019年の11月に刊行しました。
―― これを拝読すると、先生は、お若い時から古関さんが好きだったということですね。
刑部 そうですね。
―― 何歳くらいで古関さんの魅力に惹かれたのでしょうか。
刑部 私が最初に古関さんをテレビで見たのは幼稚園の頃ですね。『オールスター家族対抗歌合戦』の審査員長をされていて、優しいおじいさんだなと思って興味を持ちました。
―― 当時、スキンヘッドでしたよね。
刑部 そうですね。それから10年くらい経ち、中学生になって音楽を聴くようになった時に、いわゆる平成の新しいミュージックにはあまり興味が湧きませんでした。それで、昭和の初めの頃、同じような若い人たちがどういう曲を聴いていたのだろうと思って、最初に、古賀政男さんから入りました。1枚の戦時歌謡のCDを買った中に「露営の歌」とか、「若鷲の歌」とか、「海の進軍」だとかが入っていて、「この曲はいいなあ」と思って、歌詞カードを見ると、みんな古関裕而の作曲なのです。
―― なるほど。
刑部 その時、約10年前に見ていた子どもの頃の記憶が蘇ったのです。「あっ、古関裕而ってどこかで聞いたことがあるな。あっ、そうだ。あの『オールスター家族対抗歌合戦』で、いつもニコニコしてあまりものを言わなかった、あの優しいおじいさんだ」と。あんなおじいさんが、こんな勇ましい勇壮な曲を書いているのだということで、興味を持ちました。「露営の歌」が1曲目に入っていたのですけれども、前奏、間奏を含めて、まるでロシアの交響曲を聴いているようで、すごくいいのです。それで古関さんのことを調べよう、古関さんの曲を集めようという形でずっとやり続けてきたのです。
―― 中学生くらいの時にお気づきになられていたということですね。
刑部 そうですね。
●中学生をも魅了する特徴的なメロディ
―― ロシアの交響曲というお話がありましたが、今、振り返ったときに、どういう要素に一番惹かれたのだと思いますか。勇壮さ、それとも構成力、メロディでしょうか。
刑部 古関さんの書く戦時歌謡は全てそうなのですけど、勇壮なメロディと、日本人が好む歌謡曲に見られる短調のメロディが重なっているところが最大の魅力です。そこにとても惹かれました。単なる歌謡曲でもない。硬いクラシック音楽でもない。聴きやすいのだけど、非常に格調高いのが、古関メロディの特徴で、そこに中学生だった私も惹かれたのだと思います。
―― マイナー、短調の戦時歌謡というのは、世界にあるのかどうか知りませんけれど、他の国だとどちらかというと、勇壮な、「行くぞ!」みたいな曲が多いと思います。一方、古関さんの場合は、兵士に寄り添うような曲もお書きになっていますね。あとは有名なところでいうと、甲子園でかかる「栄冠は君に輝く」とかでしょうか。古関さんのヒット曲、皆さんのイメージの中にある曲には、どういうものがありますか。
刑部 皆さんがよく知っているのは、やはり「栄冠は君に輝く」とか、東京オリンピックの時の「オリンピック・マーチ」ですね。それ以外だと、巨人軍、阪神タイガースの球団歌などのスポーツ音楽は、古関さんのメロディとしては非常に親しまれているのではないでしょうか。
―― 阪神、巨人だけでなく、中日もそうですし、セ・リーグを応援しようとすると、半分は古関さんの応援歌になるという感じですよね。
刑部 そうですね。スポーツ音楽イコール古関メロディみたいなイメージが皆さんの中にもあると思います。
―― あとは、NHKで昔よくかかっていた「スポーツショー行進曲」ですか。
刑部 NHKのスポーツ関連番組のテーマ曲として幅広く使われていますね。
―― それから『ひるのいこい』のテーマ曲。不思議な番組で、最初、のどやかで日本的な古関さんのターララララという曲がかかって、急にポップスがかかり始める。何かわからない番組ですけど、あれもずいぶん長く聴かれ続けてきたという感じですよね。
刑部 現在も放送されていますが、もともとは終戦後に開始した農村の情報番組だったのです。福島県の少し北のほうに川俣町というのがあって、古関さんが若い頃、川俣にいた時に見た情景が、『ひるのいこい』のテーマ曲につながっているのです。
全国の農村で『ひるのいこい』を聴いている人は、昼の時間が来て、テーマ曲を聴くと非常にお腹が空いてくる、そんなイ...
(刑部芳則著、中公新書)