●頭が良い人ほど「脳がスカスカしている」
さて、頭が良い人と悪い人は何が違うのでしょうか。頭が良い人は、さぞかし脳の中がびっしり詰まっているのでしょうと皆さん思うかもしれませんが、次のような衝撃的な研究結果が報告されています。
ドイツで行われた研究では、IQが高い人と低い人を集めてきて、脳の中の回路がどうなっているかということを実際に見るという研究が行われました。
過去の報告から、IQが高い人はIQが低い人に比べて大脳皮質の体積が大きくなっているということが知られています。一方で、IQが高い人の脳の神経回路を調べてみると、実はIQが低い人に比べて回路がシンプルになっているということが、この研究の結果から分かってきました。体積は大きくなっているにもかかわらず、回路がシンプルになっているということは、いい換えれば、「脳がスカスカしている」ということです。これは少し不思議な話で、頭が良い人ほど脳がスカスカしている。これは一体どういうことなのでしょうか。
●「アストロサイト」の量が頭の良さに関わっている
これまで申し上げてきた通り、脳の中にはニューロン以外の細胞があります。体積は実際に増えているので、ニューロン以外の細胞が増えていると考えることができるのではないでしょうか。
ニューロン以外の脳細胞は「グリア細胞」と総称されています。グリアというのは膠(にかわ)という意味で、レンガとレンガの隙間を埋めるパテのことを指しています。実際、このグリア細胞は、ニューロンと同時期には発見されていましたが、どういう働きを持っているかが全然分からないために、単にニューロンの隙間を埋めているにすぎないだろうと考えられて、グリアという名前がつけられました。
グリア細胞にはさまざまな種類があり、ラットなどのげっ歯類では4種類報告されていますが、その中でも一番多いのは、「アストロサイト」と呼ばれているグリア細胞です。アストロサイトは、これまで言ってきたように、血液脳関門を作ったり、血管を取り巻いて水の流れを制御したりするなど、脳内環境を維持するのに重要な働きをしています。
アストロサイトが興味深いのは、ニューロンとは異なり、回路を作らずに自分のテリトリーを守って、自分の守るべき領域の環境を維持しているということにあります。また、マウスなどのアストロサイトは、脳の中で非常に均質に分布しているということも分かっています。
アストロサイトが面白いのは、進化的な側面にあります。この図では、左から右に向かうほど複雑な脳を持つ動物を並べています。例えば、ヒル、線虫、カエル、マウス、ラット、そして、ネコ、ヒトです。縦軸は、大脳皮質におけるニューロンとアストロサイトの比を表していますが、それが1を超えるということは、ニューロンよりもアストロサイトのほうが多いことを表しています。したがって、ネコあたりからアストロサイトのほうの数が多くなってくることが分かります。これを見ると、アストロサイトが、頭が良いということを決めているのではないかと考えられます。
実際、マウスとヒトのアストロサイトがどれくらい違うのかということを比較した研究があります。これは、左側がマウス、右側がヒトを表しています。ここで注目してほしいのですが、これは同じスケールなので、マウスに比べてヒトのアストロサイトがいかに大きくて複雑な突起を持っているかということが分かるかと思います。
さらに、ヒトのアストロサイトが面白いのは、多様性を持っていることです。マウスのアストロサイトはどこまで行っても均質だという話をしましたが、ヒトのアストロサイトには4つの種類があることが報告されています。
中でも興味深いのは、「数珠状突起アストロサイト」と呼ばれるアストロサイトです。この細胞はヒトと一部のチンパンジーにしか見つかっておらず、サルやマウスでは見つかっておりません。さらに興味深いことに、この数珠状突起アストロサイトは、ニューロンと同様に非常に長い突起を持っているということが知られています。
通常、アストロサイトは自分のテリトリーを持っていて、ネットワークを作らないということが常識でしたが、ヒトのアストロサイトは、ひょっとすると長い突起を使ってネットワークを作って...