●勅命により密教的世界観を平易に記した『秘蔵宝鑰』
鎌田 さて、そういう中で、空海の主著とされるのが『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』です。視聴されている皆さまにもっとも手に入りやすいのは、角川ソフィア文庫の「ビギナーズ日本の思想シリーズ」の中のものです。
空海については、加藤精一氏が口語訳付きでまとめたものが数冊あります。その中に『三教指帰』の巻、『秘蔵宝鑰』の巻、『弁顕密二教論』、「声字実相義」(しょうじじっそうぎ)、「吽字義」(うんじぎ)、「即身成仏義」(そくしんじょうぶつぎ)などなどの主著が入っています。(※『三教指帰』と『秘蔵宝鑰』は加藤精一氏の父の加藤純隆氏が以前に口語訳していたものを、加藤精一氏がさらに読みやすく口語訳したもの)
口語訳でわりと分かりやすく、また廉価で手に入りやすい形で出版されているので。今回はそれらをもとにしながら話を進めていきたいと思います。
―― はい。
鎌田 『秘蔵宝鑰』は、空海が59歳の頃、西暦830(天長7)年頃に成立したのではないかと(いわれています)。これは、桓武天皇、平城天皇、嵯峨天皇、淳和天皇と続いてきた平安京の4代目の天皇の勅で(書かれました)。密教の世界観を、分かるように説いたものを献上せよ、という勅命が下ったわけです。
それに対して、空海は本当に力を込め、自分自身が持てる最高の知識・認識を詰め込んだ『秘密曼荼羅十住心論』というかなり分厚い書を書き上げて、提出します。
ところが、これは密教の真髄を書いた、本当に高度な哲学書・宗教書でしたから、よく分からなかったわけです。
―― もらったほうも困ってしまうと。
鎌田 天皇も困ってしまう。
―― そうですね。
鎌田 こんなものを噛み砕いて読める人など、空海以外に一人もいないのです。だから、これをもらってよく分からなかった天皇は、「もう少し分かりやすく、短くコンパクトにまとめてくれ」というふうにして返してきた。
そこで、それをベースにして、骨格は『秘密曼荼羅十住心論』なのですが、その核心部分の冒頭に詩を載せていく。
―― ここは詩なのですね。
鎌田 (それぞれの)冒頭に詩を載せて淳和天皇に再度、書き直したものを提出するわけです。それが、『秘蔵宝鑰』というタイトルになりました。
以前の著作は『秘密曼...