●“悠々たり悠々たり”と始まる『秘蔵宝鑰』の詩文
鎌田 (空海は)その(『秘蔵宝鑰』の)序文には詩を置きました。今(前回)お話ししたのは「十の意識がどうなっているか」という論理構成でしたが、それが詩文に表されています。
―― これは論証なのですね。
鎌田 そうです。だから、序論・本論・結論でいえば本論ですね。今(前回)私が説明したのは本論の部分で、その一つひとつに「偈(げ)」という詩文によって、分かりやすく説明している部分があるわけです。
ですから、『秘密曼荼羅十住心論』という非常に固い哲学論文のような記述に比べれば、詩があることでずいぶん分かりやすくなっています。しかも、一番最初を詩(漢詩)で始めている。その漢詩を書き下しで読みます。
『弘法大師全集』では全部漢文で出てきます。「悠悠たり」という言葉で始まります。それを、ちくま学芸文庫の『空海コレクション1』(宮坂宥勝監修)の『秘蔵宝鑰』の言葉を取ると、このようになります。
「悠々たり悠々たり太(はなは)だ悠々たり 内外(ないげ)のけんしょう(※)千万の軸あり
杳々(ようよう)たり杳々たり甚だ杳々たり 道をいい道をいうに百種の道あり
書死(た)へ諷死(ふうた)へなましかば本何(もといかん)がなさん
知らじ知らじ吾れも知らじ
思い思い思い思うとも聖(しょう)も心(し)ることなけん
牛頭草を嘗めて病者を悲しみ 断し(※)車を機て迷方を愍(あわれ)む
三界の狂人は狂せることを知らず 四生の盲者は盲なることを識(さと)らず
生れ生れ生れ生れて生(しょう)の始めに暗く 死に死に死に死んで死の終りに冥(くら)し」
※漢字はスライド参照
鎌田 いかがですか。
―― 非常にリズミカルに、たたみかけていく文章ですね。
鎌田 たたみかけてきますよね。「悠々たり悠々たり」は(現代だと)“リンダリンダ、リンダリンダ……”みたいな、ね。
―― その連呼に近いところがありますね。
鎌田 それで、感覚が分かるでしょう。“悠々たり悠々たり、太(はなは)だ悠々たり”なんてイメージが。
―― そうですね、本当に悠々たる感じが。
鎌田 まあ“リンダリンダ”ですよ。連呼やシュプレヒコールみたいなもの。それをバーッとやるので、インパクト満点です。これを詠んだ淳和天皇は、やはり...