吉田松陰の思想
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忠義が宗教的なまでに超越化され、制度を突き抜ける
吉田松陰の思想(上)松陰像の変遷(5)思想の強度
中島隆博(東京大学東洋文化研究所教授)
吉田松陰の短い人生そのものが、彼の唯一の主著なのだ。戦後の思想家・藤田省三氏の指摘を端緒に、東京大学東洋文化研究所教授・中島隆博氏が「可能性としての松陰」に触れる。松陰の思想は、制度にかかわらず個人の内面を問題にする「誠」の観念に貫かれている。これこそ、時代を超えた批判精神を体現する、松陰の思想の魅力なのだ。シリーズ「吉田松陰の思想」第5回。
時間:9分11秒
収録日:2015年2月26日
追加日:2015年7月27日
≪全文≫

●松陰の短い生涯そのものが唯一の主著


 藤田省三さんは丸山眞男との間には非常に親しい関係があったので、二人の松陰像が似ているのは、当然といえば当然かもしれません。藤田さんは『松陰の精神史的意味に関する一考察』(1978年)という論文を書いています。そこで述べられていることを紹介したいと思います。これは、これまで縷々(るる)述べてきた思想家・松陰に対する考えを、藤田さんなりに非常にうまくまとめたものだと思います。こう言っています。

 “或る人の作品が独立してどんな時代に対しても一定の普遍的意味を持っている事を「思想家」の要件であるとするならば、松陰は思想家とは言い難い。彼にはそういう作品がないだけでなく、そういう作品を生み出すための精神的基盤が―「世界に対する徹底的な考察的態度」―がおそらく欠けていたのである。”

 これは、井上哲次郎の松陰評をある仕方で受け継いでいますが、藤田さんはそんな単純な人ではないので、この松陰のあり方から、可能性としての松陰をあぶりだそうとしていると思います。次に紹介するのは非常に印象的な部分で、こんなことを言っています。

 “松陰には主著はなく、彼の短い生涯そのものが彼の唯一の主著なのであった。”

 ですから、実は松陰について論じる場合は、ほとんどが松陰伝になるのですね。今でも松陰伝という形のものがほとんどだと思います。そのことの意味を、藤田さんは明確にしています。彼の短い生涯そのものが、唯一の主著なのだということなのです。


●制度化に収まらない宗教的絶対性の可能性


 そして、前回取り上げた宗教性に関して、こんなことを言っています。

 “しかし他面では、一度、忠義の廻転が絶望的に見えるようになると、「もはや天朝もいらぬ、幕府もいらぬ、君侯もいらぬ、忠義をつくすにはこの六尺の微躯一つだけあれば沢山だ」という忠義の個人的内面への収斂が現われるのであった。忠義という君臣社会の現世的倫理がここでは現世性を投げ棄てて、殆ど宗教的なまでに超越化しようとしている。それは超越的価値に対するものではないから客観的形態における宗教とはなり得ないけれども、彼吉田松陰の内面においては宗教的な機能形式をとっていたのである。本来、宗教に似て非なるものであった忠義が、周囲の世界の全てから裏切られ、その孤独の中でいよいよ深く確信されていった時、一個の宗...

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