吉田松陰の思想
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吉田松陰が導入した孟子の民本思想
吉田松陰の思想(下)松陰の思想の中核(1)『講孟余話』の挑戦
中島隆博(東京大学東洋文化研究所教授)
吉田松陰にとって、武家支配の正統性を危うくする危険思想だとされてきた『孟子』を読むことは、大きな思想的挑戦だった。『孟子』に通底する民本思想が、松陰の平等主義的な思想と響き合い、武家支配体制の批判すら視野に入れた『孟子』読解を支えていた。東京大学東洋文化研究所教授・中島隆博氏が、吉田松陰の『講孟余話』を徹底解説する。シリーズ「吉田松陰の思想」第6回。
時間:6分23秒
収録日:2015年2月26日
追加日:2015年7月30日
≪全文≫

●『孟子』を読むことが重要な思想的挑戦


 それでは、吉田松陰の思想の続きです。ここから本格的に、松陰の思想の中心に迫ってみたいと思います。「彼の人生自身が主著だ」と藤田省三さんは言っていましたが、その中であえて取り上げるべきものを選ぶとすれば、『講孟余話』、以前は『講孟箚記(さっき)』と呼ばれた著作です。つまり、『孟子』を読むということですね。これが松陰にとっては、非常に重要な、思想的挑戦だったのだろうと思います。

 どうやら『孟子』は、奈良時代に日本に入ってきたようです。後に『孟子』は危険思想と見なされていくようになるのですが、少なくとも中世くらいまでは『孟子』がそこまで危険な本だとは思われていなかったようです。

 それでも、『孟子』はだんだんと危険思想扱いされていきます。なぜなら、『孟子』の中に「易姓革命」を支持する文面があるからです。日本の場合は、天皇と武家という二つの極が統治に関わっていたので、もし孟子の思想を本格的に適用してしまうと、武家支配の正統性が揺らいでしまう危険が出てきます。そのため、『孟子』を読むことが敬遠されていくようになります。17世紀の中国にも採録されている話ですが、『孟子』を積んで日本に向かう船は転覆するということがまことしやかにいわれていたのは、日本の支配体制の複雑さを示しているという気がします。

 『孟子』を本格的に読むということが、中国で新たな脚光を浴びるようになったのは、宋学の出現以降です。朱熹が『孟子』を経書に引き上げていったことに、とても大きな意味があったのだろうと思います。『論語』『大学』『中庸』と並んで、『孟子』が四書の一つになっていったわけです。これが、新儒学ともいわれる中国の宋学の画期的な方向性だったのだろうと思います。

 松陰は、その朱熹が注を付けた『孟子集註(しっちゅう)』を読み、それを使って議論をしています。


●松陰が導入した孟子の民本思想


 ここで問題になるのは、松陰の読む『孟子』が、武家支配の正統性の問題にどこまで関わっているかということです。すでに説明したように、松陰のスコープ(視野)の中には、非常に広い範囲の「人々」が入ってきています。それはおそらく、孟子の民本思想の「民本」という部分とつながる面があると思います。松陰はその点で、孟子の思想を大変よく導入したのだろうと思います。
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