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DATE/ 2017.04.08

AI技術をビジネスに生かすための課題とは?

AIは日本経済を牽引するか

 「AIとビジネス」などと聞くと、最近では「雇用が奪われる」とか「仕事がなくなる」など悲観的な予測も目立ちます。しかし言うまでもなく、先進的な技術は大きなイノベーションにつながり、ビジネスの幅を格段に広げる好機でもあります。ではAI、そして現在その中心的な技術であるディープラーニングは、日本経済を牽引するものとなるのでしょうか。

 東京大学大学院工学系研究科特任准教授の松尾豊氏は、日本なりのやり方で勝負することが重要だと強調します。ディープラーニング技術そのものの研究は、グーグルやFacebookなどが先進的に進めており、資金面や人材面で日本はもはや太刀打ちできません。しかしソフトの技術だけなら、汎用的な商品となって世界中に流通し、やがてコストも下がります。AI技術をハードウェアと組み合わせて、いかに付加価値の高いものを作れるか。ここに、ディープラーニングとビジネスをつなげていくヒントがあるのです。

日本のアドバンテージは「文化」と「ものづくり」にある

 「基礎的な技術研究の水準では、日本が世界に追いつくことは難しい。しかし、それとは違った強みが日本にはある」、松尾氏はこのように言います。その強みとは、まず日本文化のことです。西欧の研究者の間では、ロボットと人間の関係が深まることに対して、意外なまでの抵抗感があると言います。それに比べると、日本ではロボットと人間が関わることに対する抵抗感が小さく、文化的な面で西欧よりも先んじています。

 加えて日本は、とても高いものづくりの技術を備えています。ディープラーニングも、コンピューターの画面上で完結させるのではなく、むしろいくつものハードウェアと組わせて、食品加工や農業といったものづくりに生かすことができれば、その可能性はさらに広がります。例えば農業のように、作物が熟しているかを確認したり、果実を傷つけないように慎重にもいだりするといった「人間ならでは」の作業が、ディープラーニングを使うことでロボットでもできるようになるのです。

 松尾氏が言うように、ディープラーニングによって「目」を持つようになったロボットを使って、いかに魅力あるサービスを生み出していくか。そしてハードウェアとロボットの組み合わせを、いかに堅固なプラットフォームにしていけるか。ここに今後、日本経済が発展するための鍵があるのです。

残る課題は、技術よりも組織改革

 そこで重要となるのが、AI技術をビジネスに生かしていくための組織づくりです。松尾氏のように、ディープラーニングに精通した研究者や技術者は総じてまだ若く、組織の中でも発言力がありません。そのため、いくらディープラーニングをビジネスに生かそうとしても、組織の在り方がそれを邪魔してしまいます。若い技術者の意見や発想を、いかに組織が取り込めるか。ディープラーニングとビジネスの話は、単なる技術利用の問題では済まず、経営の在り方にまで発展します。

 そこで松尾氏は、経営に対する意識を変えるために、ディープラーニングと結びついた「学習工場を造る」という発想を提示します。そして、工場を造るために、綿密な事業計画を練り、日本の製造業が億単位の投資をして、技術者や研究者にきちんとした環境を与える。そうすれば、世界と闘える状況になっていくのではないか、と松尾氏は考えているのです。

 ものづくりへの応用は日本にとって強みですが、すでにアジア、ヨーロッパ、アメリカでも同様の動きは広がっており、あまり時間的余裕はありません。厳しい国際環境の中で、日本が勝ち残っていくためには、ディープラーニングという技術が何であるのか、それはビジネスとどう結びついていくのかといった方向性を素早く正確に読み解き、確実な取り組みを進めていくことが必要なのです。
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今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授