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DATE/ 2017.10.27

老子の「力のメカニズム」で時代を読む

 トランプ大統領の就任以来、「アメリカファースト」に続けとばかりに「自国ファースト」のオンパレードが続きますが、この「○○ファースト」について、中国古典思想に造詣の深い田口佳史氏は、老荘思想研究者ならではのおもしろい見方を示しています。

老子が説く「力のメカニズム」で現在、未来を読む

 それは、この一連の○○ファーストは老子の説く「力のメカニズム」に則った現象だというものです。

 力のメカニズムとは、何か事を起こそうと思う時、まず、その反対の行動があってそれから目指すところに向かう、ということを指しています。『老子』には「之を弱めんと將欲せば、必ず固(しば)らく之を強くす。之を廃せんと將欲せば、必ず固らく之を興す」と書かれているのですが、田口氏の説明によれば、これはボールを投げようとする時、必ずぐっと後ろにひくのと同様のことなのだそうです。「高く飛ぼうとするなら、一度うんとしゃがめ」というようなたとえも、よく言われますね。

 この力のメカニズムにそって世の中を見ると、今はどの国も拡大主義の限界に突き当たったあげくに、世界がこぞって自国ファースト、保護主義を主張していますが、肝心なのはその先。自国ファーストが、次に何を目指そうとしているのか、目指すべきなのかという点にあります。また、拡大主義に戻ってしまうのでは、それは振り子の行ったり来たりのような単なる繰り返しにすぎません。力のメカニズムはもっとダイナミックな転換を示唆しているはずなのです。

長期スパンで振り返り、未来への指針とする

 その転換の方向の指針となるものを老荘思想は説いているわけですが、その思想の真髄に詳しくない私たちでも手にしやすい指針、見方となるヒントを田口氏は授けてくれました。それは、歴史を50年なり100年なりといった長いスパンで振り返り、そのプロセスを今と照らし合わせてみるという方法です。田口氏は2017年が大塩平八郎の乱から180年という年周りであることに着目しました。

 大塩平八郎の乱とは、1837(天保8)年に大坂町奉行所の元与力・大塩平八郎が中心となって起こした幕府に対する反乱です。前年の天保の大飢饉で大坂でも米不足となったため、平八郎は民衆を救うように奉行所や豪商に働きかけていましたが、聞き入れられませんでした。それどころか、将軍家の儀式に使うために貴重な米が江戸に送られ、また利ざやを稼ぐために米を買い占める商人も出る始末。このことに激怒した大塩平八郎が幕府に対して決起したというものです。

 この乱そのものは、事前に計画が漏れたこともあり半日で鎮圧されましたが、幕府の元役人が起こした乱であること、大坂という重要な直轄地でのできごとであることなどから、幕府に大きな衝撃を与えました。多くの歴史家が、この乱から明治維新はスタートした、とする所以です。

歴史の力のメカニズムが日本に示すものは?

 明治維新以降、日本は西洋列強の波に押し出されるようにして、近代化の道を歩み始めました。それは、西洋近代思想にリードされた文明開化、産業振興の推進であり、同時に日本のアジア近隣諸国への侵出をも意味しました。その後の太平洋戦争と敗戦から、戦後の高度成長とどんどんアメリカナイズされていくライフスタイル。好景気と不況を何度か経験したあと、日本はバブル崩壊、失われた20年へと突入し、今、日本はようやくトンネルの出口を見出したと言われながらも、新旧さまざまな傷を抱えている状態です。

 長いスパンで見直せば、一貫して西欧型文明に追いつき追い越せで進んできた日本が、数々の成功と失敗を糧に、再び「日本であること」「日本らしさ」を取り戻そうとしていることを自覚しだした時代、と見て間違いないようです。経済成長率〇パーセント、株価いくら、といった足元の数字では見えてこない歴史の力のメカニズムを、今一度見直してみるべき時にさしかかっているのではないでしょうか。
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今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授