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DATE/ 2018.12.21

弥生時代の吉備に栄えたテクノポリス

 昔から、岡山県から広島県東部は「吉備(きび)」と呼ばれてきました。今回は、その吉備の弥生時代が想像以上にすごかった!というお話です。

 弥生時代といえば、稲作、農耕、弥生土器……。佐賀県の吉野ヶ里(よしのがり)遺跡や、静岡県の登呂(とろ)遺跡などが有名ですが、実は、現在見つかっている弥生時代最大の墳墓(お墓)遺跡は、吉備にあるのです。なぜそんなことになったのか。いったい弥生時代の吉備に何が起こったのか。それを知るのにうってつけの本があります。岡山大学の埋蔵文化財調査研究センターの皆さんが編集した『吉備の弥生時代』です。この本にそって、吉備の弥生時代を見ていきましょう。

謎のストーンサークルは広域流通ブローカーの墓?

 吉備にある弥生時代最大の墳墓。遺跡の名は「楯築墳丘墓(たてつきふんきゅうぼ)」と言い、現在の倉敷市北東部にあります。その規模はなんと全長80メートルに及び、てっぺんには5つの巨石が円形に立てられています。さらに、この謎のストーンサークルの他にも、円丘の両側につく突堤のような突出部や、斜面の二重列石など、なんとも不思議な姿をしています。同書によると、それは「前例のない、巨大で極めて特殊な墓」としか言いようのない威容の遺跡で、「明らかに他とは一線を画す」のだそうです。

 お墓の中から出てきたものを見ても、この墳墓とそこに葬られた人物が、そうとう特別だったことがわかるといいます。たとえば、貴重で希少な水銀朱が大量に出土しており、当時その発掘にあたった考古学者をして「あれほど分厚い朱を掘るということは、その後長いことやっていますが、ついにありませんね」と言わしめるほどです。ほかにも、他に類を見ないほど複雑な木槨(もっかく・棺を収めるため木の外箱)や、吉備の王の秘物であったと考えられる弧帯石。また、上質で大量のヒスイやメノウといった玉(ぎょく)類も見つかっており、類の保有状況は西日本トップクラスと言えるほどとのこと。

 では、そんなすごいお墓に葬られているのは、いったい誰なのか。実は詳しいことはわかっていません。ただ、広く東アジアを展望するような、当時の日本列島を代表する人物であったことでしょう。この楯築墳丘墓の発掘調査にも携わった考古学者で、同書の編集指導も行った岡山大学文学部考古学研究室特任教授の新納泉氏は、「いわゆる吉備国王などという、一定の地域のトップというイメージではなくて、もっといろいろなつながりを持っているリーダーではないか」と話しています。

 平たくいえば、流通・物流を掌握している大物ブローカーのようなイメージです。ネットワークの範囲は、瀬戸内海を超えて丹後や九州あたりまでつながっている可能性が指摘されています。また、吉備は出雲との関係も深く、さらに中国の貨幣が多く出土していることからは、中国王朝との結びつきも背景にありそうだというのです。ちょうど中国の王朝交代の時期でもあり、同書によると、「それまでは九州の博多湾沿岸が後漢の王朝と結んで力をもっていたのが、そこが弱体化してきたことによって吉備や出雲などのブローカーたちが暗躍しはじめて(中略)中国との関係をもってくるというようなことがあったのではないか」と考える専門家もいます。

 なんともグローバルで、そして少々キナ臭くもある、吉備の弥生時代。「弥生時代」というと、なんとなく牧歌的な農耕稲作のイメージをもつ人も多いと思いますが、なかなかどうして、ダイナミックで熱い時代だったようで、驚かされます。

政治経済を支えた技術力と交易力

 このように、いわば「乱世」の様相を見せる吉備の弥生時代ですが、いったい何が、こうした広域流通ブローカーの権力と経済力を支えていたのでしょうか。それを知るためには、まず弥生時代の吉備に起こった「天変地異」をおさえておく必要があります。

 弥生中期、実は大きな気候変動がありました。温暖化です。それによって岡山の三大河川(吉井川、旭川、高粱川)から大量の土砂が押し流され、平地が大きく広がります。海岸線が激変したのです。そうして広がり始めた平地のなかで集落が展開していく。吉備がいわば「吉備らしさ」を増していくのは、それ以降のこと。それまでの吉備は普通の農村でした。

 さて、集落が大きくなり、人が増え、農業生産力が上がったあと、何が起こったか。遺跡や出土品からは、このあたりでは「ものづくり」が盛んだったということが読み取れます。なかでも際立っているのが「製塩」、つまり塩作りです。それも自給自足のためというよりは「売り物」と考えた方が自然なほどの規模とシステムが構築されていたのです。また、鉄器に加えて、ガラス関係のものを作っていた可能性を示唆するガラス滓も出ています。

 手工業生産の痕跡が一定エリアで密集して見つかっている遺跡もあり、鉄器・土器生産や製塩といった高温作業と、石器製作、朱の精製といった細やかな作業が同時に行われていたようです。これほど多種にわたる手工業生産を担うムラは弥生時代後期では珍しく、「先端技術が集積したテクノポリスとしての性格を有していた」と考えられるのです。

吉備の楯築弥生墳丘墓は見学自由

 ものづくりに秀でた集団、交易のハブとしての好立地、国内外をつなぐダイナミックなネットワーク……。吉備は、古代グローバル社会で、アジア交易のハブとなるテクノポリスだった…?!

 その大きな流れの結節点を示すのが、冒頭で紹介した謎のストーンサークルをもつ楯築弥生墳丘墓と言えるでしょう。

 楯築弥生墳丘墓は国の史跡にされており、誰でも自由に見学することができます。また、岡山大学埋蔵文化財調査研究センター内に設けられている常設展示室には楯築遺跡の遺物も展示されており、平日は常時開放、無料で見学できます。

<参考文献>
『吉備の弥生時代』(岡山大学埋蔵文化財調査研究センター編、吉備人出版) http://www.kibito.co.jp/kikan/978-4-86069-455-5.html

<関連サイト>
岡山大学文学部 考古学研究室
https://www.okayama-u.ac.jp/user/arch/index.html
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