社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2019.02.13

「本当の大人」になるための人生哲学

 今は、大人が大人として、内面的に成長・成熟した人間として、真に満たされた人生を生きるのが難しい時代です。なぜでしょうか。

 それは「若さ偏重主義」があまりにも激しいからだと、明治大学文学部教授の諸富祥彦氏は指摘します。若さ、元気、活躍、成功、金銭といった外的なことばかりを重視し、「いつまでも若々しく、いきいきしている」ことばかりが大事だと偏重されてきたというのです。つまり、その背後で、内面の成長・成熟がないがしろにされてしまったのです。

40代、50代からは「人生の午後」

 では、どうすればよいのでしょう。心理療法家のユングによると、人間は、中年期(今の日本でいえば、40代前半あたり)に、「人生の正午」をむかえ、それ以降、「人生の午後」を生きることになります。そして、それにあたってはそれまでの外的な活動性を中心とした生き方から、内面性に軸をおいた生き方へと、「人生の転換」を図らねばと説きました。しかし、先ほど述べたように、大人であることが困難な、この現代日本という社会において、成熟した大人であることは、いかにして可能なのでしょうか。

 冒頭で紹介した諸富氏は、自らも50代の「中年男性」であり、大学での心理学研究・教育とならんで、カウンセリングの現場で多くの人を見つめ続けてきた臨床心理士です。諸富氏は、著書『「本当の大人」になるための心理学──心理療法家が説く心の成熟』で、4つのキーワードを挙げて、その具体的な方法を説明しています。その4つのキーワードとは、「人生の使命」「こだわりぬくこと」「静かな、深い孤独」「少数の他者との深い交流」です。

人格の成熟に必要な三つのもの

 40歳、50歳をすぎ、中高年になると、「人生の問い」が転換すると、諸富氏は述べています。人生の前半は「自己実現の問い」です。たとえば「自分が本当に望むことは何だろう」とか、「どうすれば自分の可能性を最大限に生かすことができるか」といったものです。20代、30代の頃はそれでよくても、人生の折り返し地点をすぎ、「人生の午後」を生きる中高年が問うべきは、次のようなことです。「自分の人生に与えられた使命をまっとうするには、どう生きるべきだろう」「残された時間で何をまっとうすることが私に求められているのだろう」。こうした「意味実現」の問い、「使命実現」のための問いが必要だというのです。

 「人生の問い」の主語が、「私は」から「人生は」に必然的に変わっていく。諸富氏は「これからの時代に中高年が成熟していくために必要だと思うことが三つあります」として、以下を挙げています。

1:「自分の人生に与えられた使命・天命」
2:一人になって自分を深く見つめる「深層の時間」
3:深く交流しあう体験

 自分は何のために生まれてきたのか。その意味を知りたいと思うとき、それは、自分の生き方を見つめ直すときでもあるのでしょう。

大人がもつべき六つの人生哲学

 自分の哲学をもっている大人には、余裕が生まれます。諸富氏が同書のなかで挙げている「成熟した大人の六つの人生哲学」をご紹介しましょう。

1:人はわかってくれないものである
2:人生は、思いどおりにならないものである
3:人はわかりあえないものである
4:人間は本来一人である
5:私は私のことをして、あなたはあなたのことをする
6:仲間から孤立し一人になってもやっていけないことはない

 いかがでしょうか。精神性の深みの次元へと心の軸を転換していくには、いかんともしがたいこともあるのだという現実を引き受け、受け入れるべきは受け入れる。そこから、自分の価値観を確立し、自分らしく生きることが始まるのだということです。そこで、諸富氏は「人のせいにして生きるのをやめる。これがとても大事」と述べています。

「人生の午後」を生きる中年男性として

 ほかにも、希望を失わずに現実を受け入れる有益な心構えをさまざまに説いている諸富氏ですが、自らも「人生の午後」を生きる中年男性であるとして、同書を次の言葉で締めくくっています。

「私の恐れはただひとつ。それは、人生の終わりに、自分の生に与えられた使命(ミッション)を納得のいくように果たすことができないままに死ぬことである。まだ死ぬに死ねない、という思いを抱えて死ぬことである。死ぬときに、未練たらたらで死ぬことだけは、避けたいものだ。そのためにも、一つひとつのことに思いと祈りを込めて、日々のことをおこなっていきたい。そう思っている」

 諸富氏がこの文章を書いたのは54歳のときでした。いかがですか。みなさんは、どのように人生の午後を生き、そしてどのように人生の終わりをむかえたいと思いますか。

<参考文献>
・『「本当の大人」になるための心理学 心理療法家が説く心の成熟』(諸富祥彦著、集英社新書)
https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0901-e/

<関連サイト>
・諸富祥彦のホームページ
http://morotomi.net/
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
“社会人学習”できていますか? 『テンミニッツTV』 なら手軽に始められます。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

「私をお母さんと呼ばないで」…突然訪れた逆境の意味

「私をお母さんと呼ばないで」…突然訪れた逆境の意味

逆境に対峙する哲学(2)運命・世界・他者

西洋には逆境は神が与える運命という考え方があり、その運命をいかに克服するかを考えたのがストア派だった。しかし、神道が説くように「ヒトもカミ」であれば、それに気づく瞬間は逆境の中にこそ存在するはずである。「他者で...
収録日:2025/07/24
追加日:2025/12/20
2

古き良きヨーロッパのキリスト教社会が克明にわかる名著

古き良きヨーロッパのキリスト教社会が克明にわかる名著

渡部昇一の「わが体験的キリスト教論」(1)古き良きキリスト教社会

渡部昇一氏には、若き頃に留学したドイツでの体験を記した『ドイツ留学記(上・下)』(講談社現代新書)という名著がある。1955年(昭和30年)から3年間、ドイツに留学した渡部昇一氏が、その留学で身近に接したヨーロッパ文明...
収録日:2021/08/06
追加日:2021/10/23
渡部玄一
チェロ奏者
3

豊臣兄弟の謎…明らかになった秀吉政権での秀長の役割

豊臣兄弟の謎…明らかになった秀吉政権での秀長の役割

豊臣兄弟~秀吉と秀長の実像に迫る(1)史実としての豊臣兄弟と秀長の役割

豊臣と羽柴…二つの名前で語られる秀吉と秀長だが、その違いは何なのか。また、これまで秀長には秀吉の「補佐役」というイメージがあったが、史実ではどうなのか。実はこれまで伝えられてきた羽柴(豊臣)兄弟のエピソードにはか...
収録日:2025/10/20
追加日:2025/12/18
黒田基樹
駿河台大学法学部教授 日本史学博士
4

「キリスト教は知らない」ではアメリカ市民はつとまらない

「キリスト教は知らない」ではアメリカ市民はつとまらない

「アメリカの教会」でわかる米国の本質(1)アメリカはそもそも分断社会

アメリカが日本の運命を左右する国であることは、安全保障を考えても、経済を考えても、否定する人は少ないだろう。だが、そのような国であるにもかかわらず、日本人は、本当に「アメリカ」のことを理解できているだろうか。日...
収録日:2022/11/04
追加日:2023/01/06
橋爪大三郎
社会学者 東京科学大学名誉教授 大学院大学至善館教授
5

大谷翔平の育ち方…「自分を高めてゆく考え方」の秘密とは

大谷翔平の育ち方…「自分を高めてゆく考え方」の秘密とは

大谷翔平の育て方・育ち方(1)花巻東高校までの歩み

大谷翔平選手は今や野球界だけでなく世界中のスポーツ界の象徴的存在だが、本人は「自分も最初からこの体と技術があったわけではない」と努力と練習の成果を強調している。いったいどんな出会いやプロセスが彼を育ててきたのか...
収録日:2024/11/28
追加日:2025/03/03
桑原晃弥
経済・経営ジャーナリスト