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DATE/ 2019.11.16

なぜコンビニは安く売らずに廃棄するのか?

 スーパーマーケットの閉店時間間近やタイムセールなどで、値引きシールが貼られたいわゆる「見切り品」となったお弁当やお寿司、おにぎりやサンドイッチなどの加工食品を見かけた人、また購入した人は多いと思います。

 一方、スーパーマーケット以上に加工食品が主力商品であり、相対的に多く取引されているにも関わらず、コンビニでは見切り品となったお弁当やおにぎりなどを見かけることは少なく、見切り品にもならずに消費期限を過ぎたそれらの食品は、そのまま廃棄されることになります。

 食べられる状態の食品が廃棄される「食品ロス(フードロス)」が大きな社会問題になっている現代において、なぜコンビニは安く売らずに廃棄するのでしょうか。その背景には、コンビニ独自の「安く売らずに廃棄する方が得をする組織が存在するシステム」が潜んでいます。

日本独自の会計方式「コンビニ会計」

 では、コンビニ独自の「安く売らずに廃棄する方が得をする組織が存在するシステム」とは、いったいどんなシステムなのでしょうか。そのシステムは、「コンビニ会計」と呼ばれています。

 中核都市の郊外でコンビニ店を営む、コンビニオーナー店長である三宮貞雄氏は、『コンビニ店長の残酷日記』において、「コンビニ会計」を以下のように述べています。

 1)一般的な会計では「売上高-売上原価=粗利」が基本である。

 2)ところがコンビニが採用する特殊な会計である「コンビニ会計」では、売上高から売上原価ではなく“純売上原価”を差し引いたものを粗利とする(便宜上、「コンビニ会計」の粗利を“見かけ上の粗利”と呼ぶ)。

 3)「コンビニ会計」を式にすると、「売上高-純売上原価=見かけ上の粗利」であり、“純売上原価”には、一般的な会計では売上原価に含まれている「廃棄ロス」(不良品原価)が含まれない。

 4)コンビニ・フランチャイズオーナーは、本社とフランチャイズ契約を結び、“見かけ上の粗利”をロイヤリティ契約の比率によって分け合う(ロイヤリティ契約の比率は企業や契約年数により異なる)。

 5)コンビニ・フランチャイズ自体はアメリカ生まれだが、「コンビニ会計」は日本独自の方式といわれている。

「コンビニ会計」で利益を増やす本部

 具体例として、「コンビニ会計」に適用し、ロイヤリティ率70%のコンビニが、原価100円、売価150円のおにぎりを1,000個仕入れ、1)【コンビニ会計:見切り品販売なし】で700個を売り、300個を廃棄した場合と、2)【コンビニ会計:見切り品販売あり】で700個を売り、300個を見切り品販売した場合を、比較してみましょう。

1)【コンビニ会計:見切り品販売なし】
売上高;150円×700個=105,000円
純売上原価;100円×700個(1000個から「廃棄ロス」分300個を除く)=70,000円
売上高-純売上原価=見かけ上の粗利;35,000円
ロイヤリティによる利益の分配;コンビニオーナー利益10,500円:本部利益24,500円
(しかし、コンビニオーナーは分配後の利益から「廃棄ロス」300個分の原価の負担が必要なため)
コンビニオーナーの純利益;コンビニオーナー利益10,500円-廃棄ロス30,000円=マイナス19,500円

2)【コンビニ会計:見切り品販売あり】
売上高;150円×700個+80円×300個(見切りで売れた分)=129,000円
純売上原価;100円×1,000個=100,000円
売上高-純売上原価=見かけ上の粗利;29,000円
ロイヤリティによる利益の分配;コンビニオーナー利益8,700円:本部利益20,300円

 以上のように、コンビニオーナー利益は、1)【コンビニ会計:見切り品販売なし】ではマイナス19,500円の赤字になってしまいますが、2)【コンビニ会計:見切り品販売あり】では原価割れでも思い切って見切り品販売し全部売り切ったことによって8,700円の利益を得られることになります。

 しかし、本部利益は、1)【コンビニ会計:見切り品販売なし】では24,500円の利益であるのに対し、2)【コンビニ会計:見切り品販売あり】では20,300円の利益となってしまい、4,200円も利益の取り分が減ることになってしまいます。

 このように「コンビニ会計」システムを採用する限り、本部は「安く売らずに廃棄する方が得をする」ことになるため、「安く売らずに廃棄」を推奨します。

「廃棄ロス」より「機会ロス」が問題という大問題

 さらに本部には、「廃棄ロス」のリスクがありません。そのため、コンビニオーナーが仕入れ調整をすることによって、売り上げを伸ばす機会があったにも関わらず、商品がなかったために得られたはずの利益を逃す「機会ロス(チャンスロス、機会損失)」を恐れ、問題とします。

 例えば、コンビニを日本に導入し、普及の立役者ともいえる、セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問の鈴木敏文氏は、『商売の創造』で「機会損失が多くなれば、当然、売り上げは伸びません。いくら廃棄ロスが小さくなっても、利益は上がりません。米飯のコーナーなどで、売れ残ることを恐れるあまり、発注を控えめにし、棚が空っぽになっているという状態をよく見受けます。売り上げ上位の商品の廃棄ロスがゼロという状態では、売り上げが上がるはずがありません」と述べています。

 もちろん、コンビニが普及したことによるベネフィットは多数あり、多くの人が自宅や職場の近所にはぜひあってほしいと願う、現代社会にとって欠かせない存在となっていると思います。しかし、「廃棄ロス」より「機会ロス」が問題という大問題によって、「食品ロス(フードロス)」などの新たな問題が発生するなど、“ローカルの好都合”が“グローバルな不都合”を増大させていることがうかがえてきます。

 食品ロス問題ジャーナリストで栄養学博士の井出留美氏は、「消費者は、“常に新鮮で、新商品が棚にびっしり詰まって並んでいるのがコンビニ”という意識を変えることからはじめるべきではないだろうか。消費期限の手前で棚から撤去し、新しいものと入れ替え、棚にびっしり詰めておくためのコストは、実は消費者自身が払っているのだから。そして、課題意識を共有できたなら、自分の持っているオウンドメディアやソーシャルメディアで発信してもらいたいと思う。“コンビニ会計”を知らなかった人が、この問題を知ることができれば、少しずつ世界を変えることにつながるだろう」と、提言しています。

<参考文献・参考サイト>
・「食品ロス」、『日本大百科全書』(小学館)
・『コンビニ店長の残酷日記』(三宮貞雄著、小学館新書)
・「チャンス‐ロス」、『デジタル大辞泉』(小学館)
・『商売の創造』(鈴木敏文[述]、緒方知行編、講談社)
・「こんなに捨てています・・」コンビニオーナーたちの苦悩
https://news.yahoo.co.jp/byline/iderumi/20170725-00073548/
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