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凶悪犯の出版について考える
97年に発生した「神戸連続児童殺傷事件」。次々と残虐な手口で殺傷される子ども、「酒鬼薔薇聖斗」の名で発表される挑発的な犯行声明が全国を震撼させた。
そして、犯人として逮捕されたのが当時14歳だった少年だったことが、さらなる衝撃を社会に与えた。犯人は「少年A」と呼ばれ、多くの論議と不安が世紀末の日本を席巻した。
そんな犯人も医療少年院を出所し、既に社会復帰しているのだが、6月11日に「元少年A」の名で、事件のあらましと、その後の人生を綴った自著『絶歌』を出版。日本社会に、再び衝撃を与えた。
10万部が刷られたという初版は、この勢いだとすぐに増刷がかかる可能性が高い。となると、発生するのは多額の印税。仮に10%の印税が入るとすると、元少年Aの元に入るのは、本の価格1500円×10万部×10%で1,500万円以上もの収入が入ることになる。
通常、執筆したものの対価を著者が受け取るのは、正当な行為ではあるが、被害者の生命や、遺族の心情を散々に踏みにじった犯人が、再度被害者や遺族を傷つけるよう出版物で報酬を得ることは倫理的に許されるのだろうか?
後書きは、被害者遺族に無断でこの本を出版することの謝罪から始まる。また、この本が事件の被害者や遺族を苦しめることを認識していることも、はっきり書かれている。認識しながらも、書かずにはいられなかったというのだ。
実際、この本が出版されることが公になってから、被害者遺族からは出版中止を求めるコメントも出ていた。この本の出版が、事件の関係者の合意を得たものでなかったこと、実際に遺族の気持ちを傷つけたことは明らかだ。
元少年Aと、出版社である太田出版には多くの批判や抗議が集まっているという。
今回の本の印税がどうなるかについては、はっきりとしたことは不明だ。担当編集者によると、著者本人は「被害者への賠償金の支払いにも充てる」という意向はあるという。
そうなると、犯罪に収益性が生まれてしまう。極端な話、誰か他人を傷つけることで有名になって、著書やインタビュー、映画化などで一儲けを企む犯罪者も出てきてしまうのだ。劇場型犯罪は特にこのように転用されやすい犯罪の形態だと言えよう。
米国では、そのような事態を防止するため、「サムの息子法」と呼ばれる法律が、多くの州で採用されている。サムの息子とは、70年代、ニューヨークを恐怖に陥れた連続殺人犯が犯行声明に用いた名だ。その意味で、酒鬼薔薇聖斗とよく似ている。
逮捕後、サムの息子に、出版社が多額の報酬を示し手記の執筆を持ち掛けたことが問題視されたことがきっかけで、犯罪者が自分でおこした事件を商業的に利用して儲けた金銭を差し押さえることを目的に、この法律は施行された。
その後、言論の自由に違反するという違憲判決が出るなどあり、改正が施されながらも、いまだに続いている法律だ。
元少年Aの出版に際しても、日本版サムの息子法を求める声が実際に上がった。被害者遺族に配慮したり、犯罪者が自らの事件で利益を得ることを許すべきではないという意見が当然のこととしてある。
一方、上記の通り言論の自由の問題をはじめ、国民の知る権利の問題もあり、一筋縄では解決しない問題でもある。
「和歌山毒物カレー事件」の死刑囚の書簡集、婚活を利用して多くの男性から金銭を巻き上げ、自殺などに見せかけ殺したとされる「首都圏連続不審死事件」の被疑者の手記や私小説などが記憶に新しいが、これらが多くの人の不興を買いながらも、一方的な報道によらない、事件や犯人の多面性を知らしめたこともまた事実だ。
言論の自由を重んじ、しかし利益は差し押さえることがいいのか。被害者感情に配慮し、そもそも出版そのものを差し止めることがいいのか。利益の取得も言論の自由も両方完全に認められるべきか。議論の展開の方向性は様々考えられる。
そして、犯人として逮捕されたのが当時14歳だった少年だったことが、さらなる衝撃を社会に与えた。犯人は「少年A」と呼ばれ、多くの論議と不安が世紀末の日本を席巻した。
そんな犯人も医療少年院を出所し、既に社会復帰しているのだが、6月11日に「元少年A」の名で、事件のあらましと、その後の人生を綴った自著『絶歌』を出版。日本社会に、再び衝撃を与えた。
発生する多額の印税
本の発売はワイドショーでも取り上げられ、発売後、瞬く間にAmazonランキング1位に躍り出た。10万部が刷られたという初版は、この勢いだとすぐに増刷がかかる可能性が高い。となると、発生するのは多額の印税。仮に10%の印税が入るとすると、元少年Aの元に入るのは、本の価格1500円×10万部×10%で1,500万円以上もの収入が入ることになる。
通常、執筆したものの対価を著者が受け取るのは、正当な行為ではあるが、被害者の生命や、遺族の心情を散々に踏みにじった犯人が、再度被害者や遺族を傷つけるよう出版物で報酬を得ることは倫理的に許されるのだろうか?
後書きは、被害者遺族に無断でこの本を出版することの謝罪から始まる。また、この本が事件の被害者や遺族を苦しめることを認識していることも、はっきり書かれている。認識しながらも、書かずにはいられなかったというのだ。
実際、この本が出版されることが公になってから、被害者遺族からは出版中止を求めるコメントも出ていた。この本の出版が、事件の関係者の合意を得たものでなかったこと、実際に遺族の気持ちを傷つけたことは明らかだ。
元少年Aと、出版社である太田出版には多くの批判や抗議が集まっているという。
元少年Aの両親が綴った手記の印税は被害者の元へ
実は元少年Aの両親の手記が99年に、文藝春秋から出版されている。この本の印税は事件の慰謝料に充てられている。また、両親からは8,000円、元少年Aからは4,000円が毎月遺族に支払われているともいう。今回の本の印税がどうなるかについては、はっきりとしたことは不明だ。担当編集者によると、著者本人は「被害者への賠償金の支払いにも充てる」という意向はあるという。
米国では犯罪者が出版で利益を得ることを防ぐ法律も
犯罪者の手記というものは、事件の社会に与える衝撃が大きければ大きいほど、商業的な価値が出てしまう。つまり、事件の内容が残虐であったり、被害者が多かったりすればするほど、その手記は著者である犯罪者と出版社の利益になりやすいのだ。そうなると、犯罪に収益性が生まれてしまう。極端な話、誰か他人を傷つけることで有名になって、著書やインタビュー、映画化などで一儲けを企む犯罪者も出てきてしまうのだ。劇場型犯罪は特にこのように転用されやすい犯罪の形態だと言えよう。
米国では、そのような事態を防止するため、「サムの息子法」と呼ばれる法律が、多くの州で採用されている。サムの息子とは、70年代、ニューヨークを恐怖に陥れた連続殺人犯が犯行声明に用いた名だ。その意味で、酒鬼薔薇聖斗とよく似ている。
逮捕後、サムの息子に、出版社が多額の報酬を示し手記の執筆を持ち掛けたことが問題視されたことがきっかけで、犯罪者が自分でおこした事件を商業的に利用して儲けた金銭を差し押さえることを目的に、この法律は施行された。
その後、言論の自由に違反するという違憲判決が出るなどあり、改正が施されながらも、いまだに続いている法律だ。
元少年Aの出版に際しても、日本版サムの息子法を求める声が実際に上がった。被害者遺族に配慮したり、犯罪者が自らの事件で利益を得ることを許すべきではないという意見が当然のこととしてある。
一方、上記の通り言論の自由の問題をはじめ、国民の知る権利の問題もあり、一筋縄では解決しない問題でもある。
「和歌山毒物カレー事件」の死刑囚の書簡集、婚活を利用して多くの男性から金銭を巻き上げ、自殺などに見せかけ殺したとされる「首都圏連続不審死事件」の被疑者の手記や私小説などが記憶に新しいが、これらが多くの人の不興を買いながらも、一方的な報道によらない、事件や犯人の多面性を知らしめたこともまた事実だ。
言論の自由を重んじ、しかし利益は差し押さえることがいいのか。被害者感情に配慮し、そもそも出版そのものを差し止めることがいいのか。利益の取得も言論の自由も両方完全に認められるべきか。議論の展開の方向性は様々考えられる。
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