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DATE/ 2022.07.04

子どもの「なりたい職業」日本と外国との違いは?

 みなさんは子どものころ、なりたい職業は何でしたか? そしてその夢は叶っているでしょうか。

「森塾」などの学習塾で知られる株式会社スプリックスが運営するスプリックス基礎学力研究所は、2021年2月、日本を含む世界11か国の子どもとその保護者を対象に、子どもの学びへの意識と学力についての調査を実施。その結果から、外国の子どもたちと日本の子どもたちの「なりたい職業」や、学びに対する意識の違いが浮かび上がってきたのです。

医療従事者、YouTuberが世界的に人気

 スプリックス基礎学力研究所は日本と世界の教育実態をリサーチし、全4回にわたって公表しています。今回はその番外編として、子どもの「なりたい職業」「習い事」「勉強への捉え方」を中心に調査したとのこと。調査対象は、日本・アメリカ・中国・インド・イギリス・フランス・ポーランド・タイ・インドネシア・マレーシア・ミャンマーの11か国に住む6~15歳の子どもと、その保護者です。

 それでは日本と世界11か国全体で比較していきましょう。
=================
<子どものなりたい職業>
【11か国全体】
1位:医師・看護師
2位:技術者・エンジニア
3位:学校の先生
4位:コンピュータープログラマー
5位:YouTuber
【日本】
1位:スポーツ選手
2位:医師・看護師
3位:YouTuber
4位:ゲームクリエイター
5位:ファッションデザイナー
※スプリックス基礎学力研究所調べ
※調査対象人数:子どもと保護者各国1,000人ずつ、計22,000人
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 世界で最も人気のある職業は「医師・看護師」で、日本でも2位に挙がりました。もともと人気の高い職業ですが、昨今の感染症の流行の影響でメディアに取り上げられる機会も多く、憧れや尊敬の念がより高まったと考えられます。

 そして目立つのが「YouTuber」。日本でも3位にランクインしていますが、ミャンマー・ポーランドでは第1位。マレーシアでも3位に入っています。世界全体で見ても第5位となっているので、その人気の高さがうかがえるでしょう。スマホひとつあれば誰でも発信できる敷居の低さ、親しみやすさのほか、誰でも世界的な有名人になる可能性を秘めている点も人気の理由といえそうです。

1位「スポーツ選手」は日本だけ。憧れの対象が世界と違う日本

 国別の「なりたい職業」ランキングを見ると、日本の特殊性が見て取れます。

 たとえば日本で人気No.1の「スポーツ選手」は他の10か国のトップ3圏内にはありません。逆に、日本にはトップ5にも入っていない「技術者・エンジニア」や「コンピュータープログラマー」は、世界全体でそれぞれ2位、4位に入っています。

 国別で見ると、「技術者・エンジニア」は中国で1位、インド・ミャンマー・フランスで3位に。「コンピュータープログラマー」はインドで1位、アメリカで2位、タイ・ポーランドで3位に。

 スプリックス基礎学力研究所はこれについて、アリババを始めとするBATH(バース)やユニコーン企業が注目されやすい中国やインドでは「技術者・エンジニア」などテクノロジー関連職の人気が高く、アメリカではGoogleなどGAFA(ガーファ)の印象が強いことから「コンピュータープログラマー」が上位なのではと推測。日本はどちらも上位に入っておらず、外国と日本の子どもで技術職への憧れに差があることが浮き彫りとなった形です。

日本でIT・技術関連職の人気がないワケ

 今やIT技術は世界経済を支える上でなくてはならないもの。日本でも、SEやプログラマーなどIT関連職に就く人は増えています。それなのになぜ、IT職は子どもたちに人気がないのでしょうか。

 その理由のひとつとして「日本のIT技術者(エンジニア)の地位の低さ」が考えられます。人材総合サービスのヒューマンリソシア株式会社が92か国を対象に調査したデータによると、日本のIT技術者の数は約109万人で、アメリカ、中国、インドに次いで世界4位。しかし平均年収で見ると、日本は世界ランキングで18位と低く、年収は4万2464USドル。いっぽう、1位はスイスの9万2500USドルで、2位はアメリカの8万3389USドル。日本の倍ともいえる年収を稼いでいるのです。

 日本の企業はそもそも「社内の開発研究者を育てる方が効率的」「特定の専門知識がある学生は活用しにくい」と考える傾向があり、修士はともかく博士号までとった学生を採用するのを敬遠しがちだといわれています。そのため、優秀な学生ほど環境面に優れ、給与も高い外資系の企業を就職先に望む者が多いのです。

 常に安定を求める日本企業は、元よりイノベーションが苦手で新しい発想が生まれにくいといわれていますが、そうこうしている間にアメリカのGAFAや中国のBATHは優秀な人材を年齢国籍問わず集め、若手のチャレンジを許容し、急成長。世界トップレベルの企業に上りつめました。そしてそのスタッフであるエンジニアたちも、実力と地位に見合った高い報酬を得ることができているのです。

 日本にはGAFAと肩を並べるような世界的IT企業はまだほとんどなく、活躍する若い人材も少ないのが現状です。さらに会社員として働くエンジニアたちは総じて年収が低く、スポーツ選手やYouTuberのような派手さもありません。日本の子どもたちが、技術職にあまり魅力を感じないのも無理はないように思えます。

 日本で「スポーツ選手」が1位となったのは、オリンピックや世界大会などで優勝する日本の選手たちが、メディアで大きく取り上げられているのが影響していると考えられます。また4位の「ゲームクリエイター」と5位の「ファッションデザイナー」といったクリエイティブ職が他国と比べて人気なのも、日本のゲームやアニメが“クールジャパン”として世界的に評価が高く、さらにゲームにおいては動画配信のゲーム実況、ファッションでは独自のコーディネートの発信など、SNSで発信・拡散されやすい点が、職業としての魅力に直結しているのではないでしょうか。

自己肯定感の低さの表れ? なりたい職業が「ない」日本の子どもたち

 さらに日本の子どもは、「なりたい職業がない」と答えた割合が他国と比べ断トツで高いのも特徴です。日本は「なりたい職業がない・決まっていない」と答えたのが30.6%と、2位のフランス(15.9%)の約2倍もの差をつけています。なぜなのでしょうか。

 同調査では「学校の勉強がおもしろいか」「テストがおもしろくない理由は何か」「得意な教科があるか」もリサーチしています。「学校の勉強がおもしろい」と感じる割合は、日本は58.6%と11か国中最下位。さらに「テストがおもしろくない」のは「結果が悪いから」と答えた割合も、日本は11か国で最多。加えて「得意な教科が一つもない」と答えた割合も11か国で最多という、何とも惨憺たる結果に。日本の子どもたちは“勉強、学力への苦手意識”が他国の子どもたちに比べて非常に強く、学習意欲も低めであることが分かったのです。

 さらに「学校の授業時間以外の平均勉強時間」では、日本は1.1時間と11か国中最も少なくなりました。勉強のおもしろさ、楽しさに触れる機会が少ないので、なりたい職業の選択肢がはっきり見えてこないというわけです。

 スプリックス基礎学力研究所は以上の結果から、以下のように指摘しています。

“学校のテストがおもしろくなく、得意な科目も少ないうえ、学校以外の勉強時間も少ないという現状が、将来の夢がないことにもつながっている”

 しかし、その少ない勉強時間の中でも、学力テストでは日本は世界4位と高水準。それにも関わらずこれだけ苦手意識が強く出ているということは、「これくらいの点数では満足してはいけない」「自分に自信がない」といった自己肯定感の低さの表れともいえるかもしれません。

 勉強に対してネガティブな意識が強い、日本の子どもたち。我々大人もつい「学校の勉強はつまらなかった」「学校の勉強なんてしなくてもいい」と口にすることが多い気がします。しかし近年は“大人の学び直し”が注目され、これまでの経歴をリセット、あるいはアップデートしようとする人が増えているのです。

 改めて“学ぶ”ことの意義が問われている時代なのかもしれません。

<参考サイト>
・世界11ヵ国22,000名の子ども・保護者に学習調査を実施 日本の子どもの約3割はなりたい職業がない・決まっていない!(PR TIMES 株式会社スプリックス)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000013.000045711.html
・子どものなりたい職業に日本と世界で違い YouTuberは世界的人気(Hint-Pot)
https://hint-pot.jp/archives/69377
・年収は世界18位…日本のIT技術者、なぜ地位が低い? 優秀な学生は外資系企業へ(ABEMA TIMES)
https://times.abema.tv/articles/-/10018429
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