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DATE/ 2015.09.17

世界遺産は「順番待ち」

 富士山、富岡製糸場、明治日本の産業革命遺産と3年連続で日本の物件が登録された世界遺産。文化遺産、自然遺産合わせて登録件数は世界で1000件を超えるが、選ばれることで観光客数は数倍に膨れ上がるケースもあり経済的なメリットは大きい。

 9月8日に日本政府が福岡県の古代遺跡「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」を世界遺産候補としてユネスコに推薦することを決めたばかりだが、そもそもどういった手順で選考の舞台に上がり、登録に至るのか?まずはその流れから見てみたい。

 各国政府や担当機関がユネスコに提出済みの暫定リストのうち、準備が整ったものを推薦することから始まる。ちなみに2015年7月時点での暫定リストには、「宗像・沖ノ島」を始め10件が記載されている。文化遺産、自然遺産それぞれ1年に1件ずつしか推薦できないため、「順番待ち」状態が続いているとも言える。

 ユネスコが審査する前に文化遺産はイコモス、自然遺産はIUCNが第三者の立場から調査を行い、4段階評価をつける。この評価を踏まえて、最後にユネスコの世界遺産委員会による審査が行われ、上記と同じく4段階評価を下し、登録(承認)を勝ち取った物件が晴れて世界遺産登録される、という流れになる。

 2014年6月に世界遺産へ登録された富岡製糸場は、イコモスが登録を勧告した時点から観光客が急増。この年の観光客数は従来の5倍に伸びたとも言われている。登録されればビジネス面でも大きいだけに、ただ単に優れた遺産を推薦して終わりではなく、選考の裏側にはきれいごとではない争いもあるという。

 長らく文化庁の職員や内閣官房参与として世界遺産に携わった木曽功氏は、自身の著書『世界遺産ビジネス』(小学館新書、2015年)の中で「ロビイングは世界遺産が登録されるまでのさまざまな局面で行われます。(中略)イコモスやIUCNなどの審査機関が出した低い評価を覆し、委員会で登録が決議されることがありますが、これもロビイングの結果です」と語っている。

 一般的にロビイングは自国の遺産の登録を後押しするために行うが、2015年7月に登録されたばかりの「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の審査においては、韓国が反対活動を行い話題になった。複数の国の歴史に関わる遺産の場合、こうした事態も起こりうるという一例だろう。

 現在日本の世界遺産は文化遺産15件、自然遺産4件の計19件。2015年7月時点で世界11位の件数となる。1位のイタリア(51件)、2位の中国(48件)とは2倍以上の差をつけられているが、これには理由がある。日本が世界遺産条約を批准したのは条約成立から20年後の1992年。この出遅れにより上位国と差をつけられる結果となった。

 世界遺産では出遅れた日本だが、2003年に採択された(発効は2006年)無形文化遺産保護条約は、2004年6月に世界で3番目に批准。その甲斐あって登録件数は和食や能楽など22件で世界2位だ(1位は中国の38件)。

 世界遺産、無形文化遺産登録のメリットは大きいが、遺産保護のためにコストを惜しんではならない。遺産としての意義を損なうような事態が起きれば、登録を削除されるというケースも過去にあった。単に遺産を保有しているだけでなく後世へ伝えようとする姿勢が、日本を世界へ広く知らしめるのに有効な手段であることは間違いないだろう。

<参考サイト>
・『世界遺産ビジネス』(木曽功/小学館新書)
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