テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2023.07.16

日本の船に「丸」という名前がつけられる理由

 日本の船といえば「~丸」という名前がおなじみですよね。漁船から貨物船、クルーズ船まで、船名に「丸」がついている傾向があります。

 日本人が船に「丸」とつけがちなのは、どうしてなのでしょうか。日本船に「丸」がつく理由や、ルーツについて調べてみました。

「~丸」という船の初見は鎌倉時代

 1187年、紀伊国の住人が所有していた船「坂東丸」。京都・仁和寺の古文書に記載されていたもので、史料で確認できる初の「丸」がつく船名です。

 この頃は、源頼朝・義経が活躍した時代。鎌倉幕府が成立(1185年に守護・地頭を設置)したばかりの時期です。

 義経の一代記である『義経記』には「西国に聞えたる月丸(つきまる)といふ大船に、五百人の勢を取乗せて……」と、船名に関する記述があります。

 すでにこの時代から船名として「~丸」とつけるのが公人・民間問わず普及したようで、その後も「丸」のついた船名が史料に頻出するようになります。豊臣秀吉の命により建造された「日本丸」、徳川家光が造らせた御座船「安宅丸」、勝海舟や福沢諭吉らを乗せてアメリカ大陸へ渡った船「咸臨丸」……など、枚挙にいとまがありません。

 ちなみに日本最古の船名は『古事記』に登場する「枯野(かるの)」。遣唐使船など海外との交流が盛んに行われた700~800年代には「佐伯」「速鳥」「播磨」「能登」といった名が使用されていたことが分かっています。古代ではまだ「~丸」と名づける文化はなかったようです。

 ではなぜ「丸」がつけられるようになったのでしょうか。――――これについては諸説あり、確定していません。そのため、ここではいくつかある説をご紹介していきます。

説1:「~麿(まろ)」から転じた

 これが最も有力とされる説です。かつて日本人は、自分のことを「私」ではなく「麿(まろ)」と呼びました。よく歴史もののドラマやアニメで、貴族身分の人が自分のことを「まろは~」などと言っているシーンをよく見かけますね。

 やがて自称だった「麿」は敬愛を示す意味で「柿本人麻呂」「坂上田村麻呂」など人名にも使われるようになり、語感も「まろ」→「まる」へと変化。「牛若丸(源義経)」「梵天丸(伊達政宗)」といった幼名をはじめ、武具や楽器、飼われている動物など人以外のもの、愛着あるものにもつけられていったのです。

 そうした流れから、船にも「丸」がつけられるようになったと考えられています。

説2:「丸」には魔除けの意味があるから

 実は日本の古語では「まる」は「排泄する」という意味の動詞でもあるそうです。

 古くから日本では、汚物や糞など、不浄で醜悪なものは悪鬼すら近づけない(醜悪=力強さの象徴でもあった)という考え方がありました。そこで子どもの名に「丸」をつけて“魔除け”とし、無事の成長を祈ったといわれています。

 船の場合は海難除けの意味もあるのでしょう。兵庫県のある地域では「海に流れているものには霊がついている」という言い伝えから、漂流物は拾わない(人の救助は除く)ことになっているそうです。

 説1の敬愛表現に加え、魔除けにもなることから「丸」の愛称が広く普及した……と考えても不思議ではなさそうですね。

説3:運送業だった「問丸(といまる)」が由来

 個人商店や業者のことを現代では「屋」をつけて呼ぶのが一般的ですが、かつては店名や屋号は「丸」をつけて呼び習わしました。現代でいう「問屋」を、「問丸(といまる)」と称していたのもその一例です。

 ただ現代の問屋と問丸は、役割が若干違います。現代の問屋は、取り次ぎや卸業を営む業者全般を指しますが、問丸は運送や倉庫業を中心に営んでいました。そのため問丸ごとに船を所有し、船名=所有者名(屋号)となったのです。それが慣習として一般にも定着していった……という説になります。

説4:古代中国の神「白童丸」に由来

 中国の古代神話に登場する三皇のうちのひとり・黄帝のもとに現れた「白童丸」という神様が、人類に船造りの技術を伝えたという伝説から、白童丸の「丸」の字をとって船名につけることが慣例になった、という説です。ただし中国では、船に「丸」をつける慣習はありません。

説5:城郭の「本丸」に見立てた

 日本の城郭のうち、城主がいる最重要区画(曲輪/くるわ)を「本丸」、そのほかの区画も「二の丸」「三の丸」などといいますが、船もそれ自身を城に見立てたことから「丸」をつけるようになった、という説です。

 ちなみに城のほうはなぜ「~丸」かというと、一説によれば軍学上「(守りに有利なため)曲輪は丸く作るのがよい」とされるからだそうです。

かつては法律で推奨されていた!?

 現在船につける名前については、国字を使用すること以外には特にルールはありません。しかし1900年(明治33年)に制定された船の法律『船舶法取扱手続』には

「船舶の名称には、なるべくその末尾に丸の字をつけること」
(船舶ノ名称ニハ成ルベク其ノ末尾ニ丸ノ字ヲ附セシムベシ)

 という条文があり、船の名に「丸」の字をつけることを推奨していました。現在この条文は削除されていますが、明治以降の日本の船に「~丸」の名が多い理由は、この船舶法の影響が大きかったためといわれています。

 日本船=丸がつく、というイメージは、国内だけでなく海外でも広く定着しており、海外では日本船のことを“maru-ship”と呼ぶこともあるそうです。今は個性的な船名も増えましたが、「~丸」という船名はいかにもニッポン!という響きで、親しみが感じられますよね。

<参考サイト>
・船名「○○丸の由来」(明和海運株式会社)
https://www.meiwakaiun.com/meiwaplus/tips/tips-vol05/
・船名の「丸」の由来(公益財団法人日本海事広報協会)
https://www.kaijipr.or.jp/mamejiten/fune/fune_17.html
・我が国の進水式―命名(日本船舶海洋工学会 硴崎貞雄氏 論文2017S-0S3-8)
http://zousen-shiryoukan.jasnaoe.or.jp/wp/wp-content/uploads/column/2017S-OS3-8.pdf
・Q&A「船名に「丸」のつく由来は?」(船の科学館)
https://funenokagakukan.or.jp/faq/senpaku#respond
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
自分を豊かにする“教養の自己投資”始めてみませんか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,100本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

なぜ民主主義が「最善」か…法の支配とキリスト教的背景

なぜ民主主義が「最善」か…法の支配とキリスト教的背景

民主主義の本質(1)近代民主主義とキリスト教

ロシアや中華人民共和国など、自由と民主主義を否定する権威主義国の脅威の増大。一方、日本、アメリカ、西欧など自由主義諸国における政治の劣化とポピュリズム……。いま、自由と民主主義は大きな試練の時を迎えている。このよ...
収録日:2024/02/05
追加日:2024/03/26
橋爪大三郎
社会学者
2

イーロン・マスクと対立…ChatGPT大ブームまでの紆余曲折

イーロン・マスクと対立…ChatGPT大ブームまでの紆余曲折

サム・アルトマンの成功哲学とOpenAI秘話(2)ChatGPT開発秘話

仕事をはじめさまざまな生活シーンで多様な役割をこなすチャットボットとなった「ChatGPT」。OpenAIが公開したこのサービスが世界中を驚かせるまでには、その創業に携わったサム・アルトマンとイーロン・マスクの対立など紆余曲...
収録日:2024/03/13
追加日:2024/04/26
桑原晃弥
経済・経営ジャーナリスト
3

運も実力のうち!?小早川の寝返りを生んだ黒田長政の好運

運も実力のうち!?小早川の寝返りを生んだ黒田長政の好運

運と歴史~人は運で決まるか(2)運に恵まれるにはどうすればいいか

普通の人間の「運」については、どう考えればいいのだろうか。例えば、日本において消費文化が花開いた江戸時代、11代将軍・徳川家斉の治世には、庶民が「運がめぐってこない」ことを皮肉った狂詩があった。運には「めぐりあわ...
収録日:2024/03/06
追加日:2024/04/25
山内昌之
東京大学名誉教授
4

陰の主役はイラン!?イスラエル・ハマス紛争の宗教的背景

陰の主役はイラン!?イスラエル・ハマス紛争の宗教的背景

グローバル・サウスは世界をどう変えるか(4)サウジアラビアとイランの存在感

中東のグローバル・サウスといえば、サウジアラビアとイランである。両国ともに世界的な産油国であり、世界の政治・経済に大きな存在感を示している。ただし、石油を武器にアメリカとの関係を深めてきたのがサウジアラビアであ...
収録日:2024/02/14
追加日:2024/04/24
島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授
5

起業の極意!サム・アルトマンと松下幸之助

起業の極意!サム・アルトマンと松下幸之助

編集部ラジオ2024:4月24日(水)

ChatGPTを開発したことで一躍有名となったOpenAI創業者のサム・アルトマン。AIの発展によって社会は大きく、急速に変化しており、その中心的な人物こそが彼であるといっても過言ではありません。

そんなアルトマンが...
収録日:2024/04/15
追加日:2024/04/24
テンミニッツTV編集部
教養動画メディア