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DATE/ 2024.06.05

『エイジング革命』が示す“老いない未来”の可能性

 紀元前3世紀、中国を統一した秦の始皇帝が不老不死を追い求めたといわれています。始皇帝は49歳でその生涯を終えました。彼の夢見た永遠の命には届かなかったものの、私たちの寿命はその時代から大きく延びています。

 現在の日本における平均寿命は約84歳です。これは始皇帝の寿命の1.7倍に相当します。不老不死には至らずとも、かつての人々が夢見た長寿はある程度現実のものとなりました。にもかかわらず、老化は多くの人にとって、できれば避けたいものであり、不安や恐れの対象であることに変わりはないでしょう。

 村上春樹はデビュー作『風の歌を聴け』でこう書いています。「僕たちは一年ごと、一月ごと、一日ごとに齢を取っていく。時々僕は自分が一時間ごとに齢を取っていくような気さえする。そして恐ろしいことに、それは真実なのだ」。私たちは時間の流れのなかで着実に年齢を重ねていきます。この事実に対して、どのように向き合うべきなのでしょうか。

気鋭の生物学者が示す“老いない未来”の可能性

 今回ご紹介する『エイジング革命 250歳まで人が生きる日』(早野元詞著、朝日新書)は、老化のネガティブなイメージを一新する内容となっています。本書は、老化や寿命に関する最先端の研究成果に基づいており、「老化を科学する」という視点から老化についての新しい理解を与えてくれます。

 本書の著者である早野元詞氏は、「老化」を研究テーマとする気鋭の研究者です。東京大学で博士号を取得した後、ハーバード大学の研究員を経て、現在は慶應義塾大学医学部の特任講師を務めています。早野氏によれば、今という時代は、ヒトの寿命の転換期だといいます。「老化のない社会」は果たして到来するのでしょうか。

「老化はコントロールできる」ってどういうこと?

 本書は全体を通じて、避けがたいと思われている老化が、実際にはそうではないことを教えてくれます。たとえば、多くの人は老化が「先天的」な遺伝によって決まると思い込んでいますが、実は後天的な変化が8割以上を占めており、食事や運動などの生活習慣に大きく左右されます。つまり、生活習慣に気をつければ、ある程度は老化をコントロールできるのです。

 昔の60歳と今の60歳を比べてみると、今の60歳の方が若々しく見えることがあります。昔の俳優さんの写真を見ると、年齢の割に貫禄があって驚きますよね。これも、人々の健康に対する意識と行動が「老化の遅延」に寄与していることを示しており、やはり後天的な要因が寿命を延ばす上で重要な役割を果たしていることがうかがえます。

 では、どうすれば老化を後天的にコントロールできるのでしょうか。その発想から生まれたのが、「老化は病気である」という視点です。早野氏の師であるハーバード大学のデビッド・シンクレア教授は、「老化は病気である。病気であるからには治療できる」と考えました。時間の経過によって引き起こされる心不全や腎不全のような「致命的な疾患」と、筋力低下や記憶力の衰退といった「身体機能の低下」が一体となった状態、それが「老化という病気」です。

 シンクレア教授はこう言います。「老化もまた死亡の確率を高めることが明らかになっているのに、私たちはそれを避けて通れないものとして受け入れている」。老化を必然と捉えず、致死の病根だとみなすことで、寿命を延ばすための道が拓ける。そのときに重要となるのが、身体に関する正しい知識を持ち、普段から意識を高めることなのです。

実年齢とは異なる年齢「エイジング・クロック」とは?

 現在、老化研究者たちが目指しているのが「エイジング・クロック(Aging Clock)」の確立です。エイジング・クロックとは、私たちの体がどれだけ老化しているかを測定するための指標です。これは生物学的な年齢であり、暦上の実年齢とは異なるものです。

 現在でも、老化の測定はある程度可能です。たとえば、DNAのメチル化を測定する方法があります。DNAには「メチル基」と呼ばれるものが付着することがあり、そのパターンは年齢とともに変化します。これを測定することで、老化の進み具合を把握することができるのです。

 エイジング・クロックにより自分の生物学的な年齢がわかれば、健康管理や疾病予防に役立てることができます。近い将来、健康診断で「あなたの実年齢は40歳ですが、エイジング・クロックによると老化度は60歳です。今すぐカロリー制限を始めてください」などと言われる日が来るかもしれません。

 早野氏によれば、ここ10年から20年の間に、エイジング研究は驚くべき成果を挙げてきたということです。たとえば、「カロリー制限によって寿命が延びる」「長寿遺伝子といわれるサーチュイン遺伝子を活性化すれば寿命が延びる」「糖尿病の薬メトホルミンや他にもパラマイシンと呼ばれる化合物を服用すれば寿命が延びる」といったことが明らかになっています。「若返りの飲み薬」という夢のような話も、実現できる可能性が出てきているのです。

 本書のサブタイトルは「250歳まで人が生きる日」です。みなさんは寿命が250年に延びたとしたら、何をしたいですか。もしかしたら、近い将来、そのような日が訪れるかもしれません。少なくとも、本書で紹介されている最先端のエイジング研究は、そんな未来の可能性を示しているのですから。

<参考文献>
『エイジング革命 250歳まで人が生きる日』(早野元詞著、朝日新書)
https://publications.asahi.com/product/24814.html

<参考サイト>
Hayano Lab/早野研究室
https://www.hayano-aging-lab.com/

早野元詞氏のX(旧Twitter)
https://x.com/HayanoMotoshi
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