テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2024.10.31

『日本の果物はすごい』で味わう歴史を変えた魅惑の果物史

 スーパーにはその季節ごとに色とりどりの果物が並んでいます。代表的なものだけでも、ミカン、リンゴ、イチゴ、カキ、ブドウ、モモ、サクランボ、ナシ、バナナ、スイカ、メロン、キウイなど、さまざまなものがあります。ただし、この多くは明治期以降に日本に入ってきたもので、江戸時代以前に日本にあった果物は、柑橘、カキ、ナシ、スイカぐらいでした。

 こういった現代で身近な果物の歴史、文化的なエピソード、系統、さらに最新の状況まで網羅、詳述されている本が『日本の果物はすごい 戦国から現代、世を動かした魅惑の味わい』(竹下大学著、中公新書)です。本書では具体的に、柑橘類、カキ、ブドウ、イチゴ、メロン、モモについて取り上げられています。本書を読むと、果物がその味や香りで人間に感動を与え、ときに社会を動かしてきたこと、また、栽培に関わった多くの人の情熱が注ぎ込まれて現代に至っていることがわかります。

 著者である竹下大学氏は1965年東京都生まれで、1989年に千葉大学園芸学部を卒業し、キリンビールに入社します。そこで育種プログラムを立ち上げ、高収益ビジネスモデルを確立、130品種の商品化に成功しています。その後は一般財団法人食品産業センター勤務等を経て独立、現在では農作物・食文化イノベーション・人材育成・健康といった切り口から情報発信やコンサルティングを行っています。他の著書としては『日本の品種はすごい』(中公新書、2019年)、や『植物はヒトを操る』(いとうせいこうとの共著、毎日新聞社、2010年)、『野菜と果物 すごい品種図鑑』(エクスナレッジ、2022年)などがあります。

日本の柑橘は小みかんから温州みかんへ

 甘くておいしいみかんの元祖は「小みかん(こみかん)」です。小みかんは直径五センチ程度と小さな品種ですが、温州みかんが登場するまでもっとも多く栽培されました。おそらく遣唐使船や唐の貿易船によって、熊本の八代に持ち込まれたものと考えられます。その後、12~13世紀に現在の熊本県八代市を中心に栽培され、1574年に紀州有田で導入されます。このことが、のちに紀州が一大みかん産地となる第一歩となります。ちなみに、徳川家康も自ら接木し駿府城に植えています。

 その後、温州みかん(うんしゅうみかん)が登場します。「温州」ということで中国の地名がついてはいますが、実は鹿児島の長島という地で発見された日本のオリジナル品種です。江戸時代初期にはその存在が知られていたようですが、2016年のゲノム解析によって、紀州みかんにクネンボ(九年母=インドシナ半島から琉球経由で日本に来た品種)が交配してできたと推定されています。また、この交配は自然交雑だった可能性が高いようです。

 現在日本で収穫されるみかんは、温州みかんが約7割を占めています。ただし、温州みかんにも117もの品種があるとのことです。これにより一年を通して多種多様な旬の品種を私たちは味わうことができるのです。この背景にはいくつかの幸運も関連しています。たとえば、戦争時になりますが1941年ごろから伐採をまぬがれました。このころ果物畑はイモやムギに置き換えられましたが、蜜柑類は急斜面に植えられていたことでそのままにされたようです。

 さらに、1991年からのオレンジ自由化では、レモンや夏みかんが大打撃を受ける一方で、温州みかんはそこまで大きな影響を受けませんでした。オレンジは皮を剥くにくい上に、食べるときには手が汚れます。また、味が濃いので食べ飽きることもあります。こうしたことから、温州みかんがオレンジに置き換わることにはなりませんでした。

シャインマスカットはぶどう業界の救世主

 日本では柑橘類の栽培や消費がもっとも多いですが、世界的に見ればもっとも生産量の多い果物はブドウです。生産量の多い国は、中国、イタリア、スペイン、アメリカ、フランスと続きます。また、人類史上もっとも古くから栽培されている果物もブドウです。遅くとも紀元前2000年には野生種の中から栽培品種が現れていました。日本国内でも縄文遺跡からはヤマブドウの種子が多く発見されています。

 ただし、日本では昔からブドウは野山で採集するものと考えられていたそうで、本格的な栽培が行われるようになったのは江戸時代、「甲州」という品種が起点となったそうです。現在での都道府県別生産比率は山梨県が25%、長野県が18%、岡山県9%、山形県8%となっており、この4県で全体の6割強を占めています。また、世界的にはワイン生産のためのブドウのほうがかなり多いのに対して、日本では生食用のブドウのほうが多いという特徴があります。

 日本のブドウのナンバー1の品種は甲州、デラウェア、巨峰、シャインマスカットと変化してきました。現在のシャインマスカットは、種なしという価値を提供したデラウェア以来の大革命とのこと。国の農研機構によって2006年に品種登録されました。2007年に登場したのち、一気に栽培面積を広げています。皮が薄くて渋みがなく、歯切れと歯ごたえのよい果肉、マスカット香が乗った濃い甘みが特徴です。さらに、丈夫で栽培しやすいという点まで含めて、完全無欠な品種といえるでしょう。

 この登場により、ブドウ生産者は所得を増やし、流通業者・販売業者ともに儲かり、大量生産しても価格が下支えされています。このことから竹下氏は、シャインマスカットをブドウ業界の救世主といいます。海外での品種権を取得しなかったことで、国外で増殖が行われてしまった点は惜しまれますが、現在ではさらにシャインマスカットの子どもたちといえる品種がいっせいに登場しています。

知ることで味覚が鍛えられる

 以上、今回は柑橘とブドウについて、その一部を紹介しました。本書では他にも、カキ、イチゴ、メロン、モモについて、その歴史や文化と合わせて詳述されています。また、本書の終わりのほうで竹下氏は、「農作物の生い立ちを知ることや品種の個性に気づくことは、すなわち歴史を味わう味覚が鍛えられた証明にほかならない。言い切ってしまえば、まったく同じものを食べたとしても、よりおいしくよりありがたく感じられるようになる」といっています。

 つまり歴史や性質といった知識を持つことで、果物の価値がよりはっきりとわかるということです。そうすれば果物を食べることの体験価値はぐっと高くなる。本書を読んで、気になった果物をぜひ探して、味わってみてください。それがもし普段からよく食べていた果物であったとしても、きっとこれまでとは違った味わいを感じることができるはずです。

<参考文献>
『日本の果物はすごい 戦国から現代、世を動かした魅惑の味わい』 (竹下大学著、中公新書)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2024/09/102822.html

※参考サイト
竹下大学氏のHP
https://peraichi.com/landing_pages/view/takeshita/

竹下大学氏のX(旧Twitter)
https://x.com/wavebreeder?

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

荻原重秀と大岡越前のリフレ政策…最適な通貨量と経済発展

荻原重秀と大岡越前のリフレ政策…最適な通貨量と経済発展

田沼意次の革新力~産業・流通・貨幣経済(4)田沼意次の評価と具体的政策

田沼意次は、全方位に向けた気配り、心配りを重んじ、また、金融や財政の大切さを強調していた。そんな田沼意次が、さまざまなブレインの声を集めつつ、進めていこうとした政策とは何だろうか。そのことを見ていきつつ、田沼時...
収録日:2025/01/28
追加日:2025/06/20
養田功一郎
元三井住友DSアセットマネジメント執行役員
2

昼寝が認知症予防に!?脳のグリンパティック・システムとは

昼寝が認知症予防に!?脳のグリンパティック・システムとは

睡眠と健康~その驚きの影響(3)グリンパティック・システムと脳の健康脳

近年の研究では睡眠に「脳の老廃物を除去する」働きがあることが分かってきた。脳に老廃物が溜まると、それが脳の神経組織に障害を与え、認知症(アルツハイマー)を発症するのだという。今回は、そうした「グリンパティック・...
収録日:2025/03/05
追加日:2025/06/19
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授
3

なぜ「やる気のある社員」が日本では6%しかいないのか?

なぜ「やる気のある社員」が日本では6%しかいないのか?

営業の勝敗、キリンの教訓(1)やる気のない社員になる理由

ベストセラー『キリンビール高知支店の奇跡』の著者で元キリンビール副社長であった田村潤氏に、キリンでの経験と営業の勝敗を分けるポイントを聞く。田村氏がかつて高知支店に配属された1995年は、キリンビールがまさに窮地に...
収録日:2020/09/25
追加日:2021/01/25
田村潤
元キリンビール株式会社代表取締役副社長
4

睡眠の健康への影響~驚きの「5つのミッション」とは

睡眠の健康への影響~驚きの「5つのミッション」とは

編集部ラジオ2025(12)睡眠はなぜ大切なのか?

テンミニッツTVでは、これまでも睡眠にまつわる講義を配信しておりますが、とても人気が高いシリーズになっています。やはり、それだけ関心が高いテーマということでしょう。何しろ、毎日24時間のうち3分の1は睡眠時間です。ど...
収録日:2025/05/28
追加日:2025/06/19
テンミニッツTV編集部
教養動画メディア
5

フェンタニルの麻薬中毒も意図的な戦略?非対称兵器の脅威

フェンタニルの麻薬中毒も意図的な戦略?非対称兵器の脅威

医療から考える国家安全保障上の脅威(1)「非対称兵器」という新たな脅威

国家安全保障上の脅威といえばミサイルや爆弾投下などの「武力攻撃」を想定しがちだが、現在、特に先進諸国では異なる見方をしているという。2024年米国下院の特別委員会で、国内に大量の中毒者・死亡者を出して社会問題視され...
収録日:2024/09/20
追加日:2025/05/01
山口芳裕
杏林大学医学部教授