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柳井正氏の年度方針「儲ける」は商売の本筋

ストーリーとしての競争戦略(1)当たり前の重要さ

楠木建
一橋大学大学院 経営管理研究科 国際企業戦略専攻 特任教授
情報・テキスト
『ストーリーとしての競争戦略―優れた戦略の条件』(楠木建著、東洋経済新報社)
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の楠木建氏が、商売における優れた戦略の条件について解説する、シリーズ講話の第1話目。商売は科学とは違って、法則の存在しない世界である。当たり前のことを現実の商売で実践することの大切さについて、ファーストリテイリングの柳井氏を参考に考える。(2017年5月25日開催日本ビジネス協会JBCインタラクティブセミナー講演「ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件」より、全9話中第1話)
時間:11:33
収録日:2017/05/25
追加日:2017/06/30
タグ:
≪全文≫

●商売に法則はない


 楠木と申します。本日はこのような機会をいただきまして、誠にありがとうございます。釈迦に説法ですが、大前提として、商売にはこうすればうまくいくという法則はありません。この点で、科学とは違います。例えば、科学の世界にはアインシュタイン方程式というものがあります。いつ、どこで、誰が、どのような気分で自然現象を観察しても、方程式の左辺は右辺と必ず等しくなります。これが科学の法則であり、本質はそれを見ている人によりません。科学者は、こうした法則を扱うことを仕事にしています。

 ところが、商売事ではそうはいきません。僕がずっと手伝っている会社の一つに、ファーストリテイリングがあります。その会長兼社長の柳井正氏は、もちろん科学者ではなく商売人、経営者です。他方、同じ業界の優れた経営者の一人に、例えばアマンシオ・オルテガ氏がいます。ZARAなどを展開している、インディテックス社の創業経営者です。どちらも優れた経営者ですが、来週突然、柳井氏とオルテガ氏が経営する会社を交代するとしましょう。両社とも業績が落ちると思います。つまり、これが法則がないということです。商売は人によるという、当たり前のことです。

 先日、新聞を読んでいると、この本の宣伝がありました。三流は、出されたコーヒーをゆっくり飲み、二流は急いで飲む。そして一流は、飲まない、と。僕はコーヒーをゆっくり飲むので、その時点で三流確定ということになって、悲しかったのですが、ただ、出されたコーヒーを飲まなければ一流になれるのかというと、そうは問屋が卸しません。人間が関わってくると、科学のような法則は一気に成り立ちにくくなってくるわけです。


●商売で大切なことは当たり前のことだ


 僕は科学者ではないので、「どうしたらよいのか」と聞かれても、当然「いや、分かりません」としか、答えようがないのです。そうすると、ふざけるなと叱られるのですが、言うまでもなく、皆さんのご商売は、ご自身でどうすればいいのか考えていただくしかありません。僕の仕事はそのときに、「こう考えてみたらいかがでしょうか」と提案する程度です。

 この本は、僕なりに「こう考えてみたらいかがでしょうか」という話を書いたものです。もし気が向いたら読んでいただきたいと思います。ただ、世の中は厳しいもので、この本の感想としてお送りいただいたメールの8割方が、「カネ返せ」という内容です。連日連夜、あまりにたくさん来るので、専用のフォルダーを作って、そこにカネ返せメールを仕分けしているほどです。もう何百通もたまっていて、僕はそれを「ビッグデータ」と呼んでいます。これを調べると、大体皆さん同じ所で頭にくるようで、「こんなのは当たり前の話じゃないか」とおっしゃいます。この感想は、僕もそう思っているのですから、間違っていません。どう読んでもらっても構わないのですが、商売とは、普通の人間が普通の人間に対して普通にやっていることです。つまり、月にロケットを飛ばすといった話ではないのです。「あっと驚く大発見」や「誰も知らない秘密の花園」のようなことは、商売事には絶対にないと思っています。ですから、大切なことほど言われてみれば当たり前だ、というのが今日の最終結論になります。今日の話をここで終わってしまっても差し支えないほどです。

 科学には、誰もが驚く大発見が時折あります。これは言葉の正確な意味での「発見」で、中にはノーベル賞に値するものもあります。ところが、こうした科学の世界とは違って、商売事にそういう発見はない、というのが僕の考えです。先日、柳井氏が「ついに分かりました」とおっしゃるんですね。何が分かったのかといえば、ついに商売が分かったというのです。これは大変なことだと思ってよく伺ってみると、「お客様の目線で考える」ことが商売だ、と。こんなことは、当たり前の話ですよね。

 ただよく考えてみると、釈迦に説法ですが、現実では結局、こうした当たり前のことで勝負がついているわけです。だとすればむしろ、なぜ当たり前のことが現実の商売になるとできなくなってしまうのか、ということを考えた方が、意味があるのではないでしょうか。これが今日の話の裏テーマです。


●戦略のゴールは長期の利益だ


 本題に入りますと、ゴールが間違っていれば、戦略の意味がなくなってしまいます。これらは全部大切です。ただ、この中から一番大切なものを1つ選べと言われたら、どれを選ぶでしょうか。直感で結構ですから、普段通りの考えで1つ選んでみてください。

 問いを変えてみましょう。昔から、「カネか、名誉か、力か、女 (男)か」と言いますが、この4つの中で一番大切なものはどれでしょうか。これも1つに絞ってみてください。伺っておいてなんですが、これは愚問です。というの...
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