●第3の場所を売るというコンセプト
商売においてコンセプトがいかに重要かということを、次にスターバックスを例にして見てみましょう。有名な例ですが、CEOだったハワード・シュルツ氏によれば、スターバックスはコーヒーを売っていません。確かにコーヒーを売っているように見えるかもしれませんが、本当に売っているのは「第3の場所」、サードプレイスなのです。これがスターバックスのもともとのコンセプトです。
1987年当時のアメリカは、レーガン大統領時代です。新自由主義、小さな政府、競争社会、自己責任の時代でした。70年代と比べると、アメリカ社会のテンションが格段に上がってきていました。セカンドプレイス、つまり職場では、コンペティション(競争)をしているふりだけでもしないと、ホワイトカラーの役員でさえ首になってしまう状況でした。また、アメリカ人はファーストプレイス、つまり家に帰っても自分の配偶者の前では一番素敵でなければなりません。もちろん家庭によるでしょうが、日本人とは違います。“I love you, honey”と言うふりだけでもしないと、離婚となってしまいかねないということで、つまり、家庭でもテンションが高いのです。一体どこで休まるのか、という人がたくさんいました。
スターバックスはこうした人たちに、第1・第2の場所に対する、第3の場所を売ることをコンセプトにしました。日常的に30分間駆け込める避難所です。例えば、380円は第3の場所を30分利用し、テンションを下げる料金なのです。もちろんコーヒーも付いてきますが、それはリラックスするのに良いツールだからです。これが、第3の場所を売るというコンセプトでした。
●狭域情報を売る商売
また、リクルートのホットペッパーのコンセプトにも、大変興味深いものがありました。ホットペッパーが始まったのは、パソコンベースのインターネットが一通り普及し終わった頃でした。事業に携わっていた平尾勇司氏は、当時、僕によくこう言っていました。インターネットが普及しても、日本人はブラジルの床屋にもポルトガルのレストランにも、興味を持たないでしょう。要するに、人間の消費の8割は半径2キロ以内で起きていて、ネットが普及しても、それはそんなには変わらないということです。だとすれば、東京市場というものもまた存在しない、ということになります。リアルに存在する市場は、例えば(恵比寿近郊の人は)恵比寿でしかありません。恵比寿とは別の市場として、銀座や下北沢があるのです。
つまりところ、ホットペッパーは広告業ですから、お金を払っているのはお店屋さんです。広告業である以上、コンバージョンが上がらなければなりません。平尾氏によれば、コンバージョンを上げるためには、半径2キロの消費情報が2キロの中だけに届くのが一番です。いくらインターネットが便利だと言っても、ブラジルの床屋は関係ありません。だとすれば、初めはむしろ紙の媒体の方がいいでしょう。当時はスマホがまだなかったので、家に帰って紙の媒体をぱらぱらと見るわけですが、2キロ以内の情報として、「あ、こんなおそば屋さんができたのか」と分かります。そこにはクーポンが付いていて、今のようにQRコードではなかったので、クーポンを破って冷蔵庫に貼っておき、今度行ってみよう、ということになるでしょう。この方が絶対に消費を喚起する、と平尾氏は考えたのです。
これの良い点は、そのクーポンが物理的におそば屋さんの所に戻ってくる、ということです。ある程度時間を置いて営業マンが店を訪れ、「ご主人、どうですか。どれぐらい戻ってきましたか」と聞くことができます。広告効果を感じるとなれば、今度はもう少し大きな広告を出しましょう、という風になります。このようにすれば、お客さんにリピートの注文を取ることができるでしょう。つまり、平尾氏の言葉を使えば、ホットペッパーはタウンマガジンでもフリーペーパーでもなく、狭域情報を売る商売なのです。インターネットが広域情報をカバーするとすれば、それに対して狭域情報をお金に換えるということが、ホットペッパーのコンセプトなのです。
●誰に嫌われるかを考えたほうが、コンセプトが見えやすい
これまで見てきたように、空飛ぶバス、購買意思決定のインフラ、第3の場所、狭域情報、これらがコンセプトの例になります。自分の事業のコンセプトを一言でいえばどうなるのか、これを改めてお考えいただきたいと思います。本当のところは何を売っているのか、ということが重要です。決して「見たまんま」ではありません。やはり、単にコーヒーを売ったり、ネットで本を売るということだけであれば、苦しいのです。
そして、誰に「嫌われる」かということを考えた方が、本当のところは誰に何を売っているのかが、見えやすくなるでしょう。商売事が素...