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「クリティカル・コア」が戦略のストーリーの肝になる

ストーリーとしての競争戦略(7)クリティカル・コア

楠木建
一橋大学大学院 経営管理研究科 国際企業戦略専攻 特任教授
情報・テキスト
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の楠木建氏が、戦略のクリティカル・コアについて解説する。戦略には、良い事であれば他の会社も真似をする、というジレンマがある。このジレンマを乗り越えるためには、全体のストーリーの中に、非合理的な要素をあえて入れることが重要だ。(2017年5月25日開催日本ビジネス協会JBCインタラクティブセミナー講演「ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件」より、全9話中第7話)
時間:08:01
収録日:2017/05/25
追加日:2017/07/21
タグ:
≪全文≫

●良いことであれば、みんなやっているはずだ


 戦略のストーリーを作る際、経営者の2つ目の腕の見せ所は、クリティカル・コアです。いろいろな違いをつなげていく中で、肝に当たる部分をクリティカル・コアと呼んでいます。サッカーに例えれば、いろいろなパスがある中で、キラーパスが入っているのが、良い戦略のストーリーだということです。実は、戦略には1つのジレンマがあります。「他社と違った良いことをせよ」と言っても、そんなに良いことであれば、みんなやっているはずです。このジレンマをどう乗り越えるのかが、僕は戦略の腕の見せ所だと思っています。

 例えば、昔からよく、先見の明を持てと言われます。理屈っぽくいえば、「これは合理性の時間差攻撃をかけろ」ということです。今、ある人が何かを新しいことを始めるとします。その時点では、どうしてそんな変なことをするのか、周囲の人は不思議に思っています。ところが5年後には、時代がこの人に追い付きます。今振り返ってみれば、あの人には先見の明があったのだ、と分かります。こうした時間差攻撃こそが、先見の明なのです。もし先見の明があれば、先ほどのジレンマは乗り越えられるでしょう。実際に、こうした先見の明を持っている人はたくさんいると思います。

 ただ僕は、これから戦略を作ろうという場合、この理屈に寄りかかるのはあまり良くないと思っています。理屈としては、バクチだからです。成功するかどうかが、後になってみないと分かりません。バクチを打つのとリスクを取るということは、違います。


●一見非合理なことをストーリーに組み込む


 お勧めするのは、むしろ、ストーリーでリスクを取るということです。それは時間差攻撃ではなくて、部分全体差攻撃です。いろんなものがつながったストーリー全体と、それを切り離した一つ一つの要素・部分を分けて考えてみましょう。そうすると4パターンあることになります。

 第1に、一つ一つのことを見ると非合理なことで、それらをつなげたストーリー全体を見ても、やはり非合理的な場合です。これはただの愚か者ですので、間違いなく失敗します。第2に、これはよくあるパターンですが、一つ一つの合理的なことをつなげて、全体として合理的なストーリーを作る場合です。第3に、一つ一つは合理的なのですが、全体としては非合理的になってしまう場合です。実は、第2のケースは確かに賢いのですが、競争の中では第3のケースと変わりがありません。そんなに良いことであれば、他の人もみんな実行するので違いがなくなってしまい、もうからないからです。これが、第3の合理的な愚か者というパターンです。

 他方、戦略の玄人筋は、これとはちょうど逆のことを行います。これが第4のケースですが、ストーリー全体を見れば、もうかる筋はばっちりなのですが、一つ一つのことをばらして見れば、その中には、その商売に詳しい人ほど非合理的だと思うものが含まれています。優れた戦略の条件はこうあるべきです。そして、これを僕はクリティカル・コアと呼んでいます。

 やはり「間違い」と「違い」は紙一重なのです。今の時代、正しい事だけをやっていても、違いは生まれません。良い事であれば、みんなも取り入れます。したがって、最後には必ず、模倣障壁が問題になります。良い事をして、それでもまねされない理由をどこに求めるのか、という考え方です。もちろんこれはこれで大切ですが、しかし結構窮屈な考え方です。そこで、一見非合理なことをストーリーに組み込むということを、たまには考えてみる必要があります。競争相手はそんなことをまねしたくないので、自然と違いが長持ちするのです。戦略としては、こちらの方がスマートだと思います。


●ハブ空港に乗り入れない――サウスウエスト航空の戦略


 LCCという戦略を思い付いた、サウスウエスト航空を例に取りましょう。確かにこの戦略ストーリーを取れば、明らかにコストが落ちます。しかし、ここには2つの重要な謎があります。現在、航空業界はずっと競争が続いている状態です。歴史ある業界の中に、1971年、サウスウエスト航空がこの戦略を持ち込みました。そして今に至るまで、基本的に競争優位を維持しています。ここで1つの謎が浮かびます。なぜ71年まで、誰もこの話を思い付かなかったのでしょうか。競争状態の中で、どの会社もコストを落としたくてたまらなかったはずなのです。そしてサウスウエスト航空の戦略を取れば、実際に飛躍的にコストが落ちます。それではなぜ、誰も思い付かなかったのでしょうか。2つ目の謎は、こうです。LCCが一般化したのは、今世紀に入ってからです。30年近くも、サウスウエスト航空を正面から模倣する会社が出てこなかったのは、なぜなのでしょうか。サウスウエスト航空は、現に新しい戦略でもうかっているにもかかわら...
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