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イギリスのEU離脱の3つの条件

BREXITの経緯と課題(3)保守党の敗北と離脱の条件

島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授/テンミニッツTV副座長
情報・テキスト
2017年3月にEUに離脱を通告したのち、メイ首相は総選挙に打って出た。しかし保守党は予想外の敗北を喫し、政治状況は困難になる。そんな中、EUとの交渉で離脱の条件は3つに絞られた。その内容とは。(全8話中第3話)
時間:10:44
収録日:2018/12/04
追加日:2019/03/04
カテゴリー:
≪全文≫

●EUへの離脱通告と、総選挙での保守党の敗北


 そうこうするうちに、国民投票は一体、法的拘束力があるのかということで、訴える者が出てきました。イギリスは議会制民主主義ですから、国家の正式な決定は議会で決まるわけです。国民投票は本来、参考意見にすぎません。それで、訴訟を行ったのです。

 そうしたら、2016年10月13日に高等法院(高等裁判所)の審理が開催されてすぐ、11月3日に議会の承認が必要だとして原告側が勝ちました。メイ政権は直ちに上告をしました。ところが、最高裁では翌2017年になって上告が棄却され、国民投票は民主主義の原則として尊重される、ということになりました。つまり、法的な話ではなく、政治的に尊重されるという結論を出しているのです。それを受けて、同年3月29日に、リスボン条約50条というものがあるのですが、これでEUに入る、出るということができますので、EU本部に、離脱を正式に通告しました。離脱の期日は2年後の2019年3月29日です。党内ではしかし、依然として離脱派と残留派が対立して、政治は大変混乱しているのです。

 そこでメイ氏は、大いなる賭けに出ます。総選挙に打って出るのです。これは前回言いましたように、自分は総選挙を経ておらず、消去法で首相になったので、少し引け目を感じていたのでしょう。総選挙を経て首相になるということと、圧倒的多数を取ってEUに対する交渉力を高めることをもくろんだのです。実際、選挙の下馬評は、保守党が不評のジェレミー・コービン氏の率いる労働党に圧勝するという予測だったのですが、結果は予想外にも保守党の大敗で、メイ氏の賭けは完全に裏目に出たのです。

 どうしてそうなったのかについてはいろいろな分析がありますが、この選挙を動かしたのは若者の投票行動だったといわれています。労働党は、授業料無償化、福祉の増額、そしてあろうことか、鉄道の再国有化などということを唱えているのですが、とにかく若者におもねる政策をたくさん出したのです。それが勝因だという説もあります。私はむしろそうではなく、2016年6月の国民投票では、新聞を購読している人の中には残留派が多かったのですが、そうではない若者や国際感覚のある人は投票に行っておらず、それで負けた面があると思います。よって今回は、そんなことならばと誰もが、投票に行ったのです。その結果、メイ氏の強硬離脱には反対意見が多かったのです。

 それが良かったと思いますが、結果として保守党は(選挙前から)12議席も減らしました。過半数を取るには326議席取らなくてはいけないのですが、318ですから、8議席足りません。労働党は逆に(選挙前の)229から262と、非常に議席を増やしました。8議席足りないので、メイ首相は下院で10議席を持っている、北アイルランド保守政党の民主統一党(Democratic Unionist Party、DUP)にすり寄って、閣外協力で何でも協力しますという口約束をもらったのです。だから、細い糸1本で首がつながったのですが、本当に脆弱な少数与党で、指導力はほとんど発揮できないのです。


●離脱の3条件とアイルランド国境問題の難航


 それから時間が過ぎ、すでに1年半たっているわけですから、離脱の条件ぐらい決めなくてはというので、EUと一生懸命に交渉し、離脱の条件が3つに絞られました。

 1つ目は、「BREXIT BILL」といいますが、離脱するとなれば、手切れ金を払いなさいということです。これは、イギリスがEUに負っている債務の清算です。何かというと、EU予算未払い分、それから、EU官僚の年金負債。それから、欧州投資銀行の融資の保証分等々ですが、EUは最初、600億ユーロを要求しました。日本円にすると8兆円です。メイ氏はすごく怒りました。「何、言っているの。イギリスはどれだけ重要な、特別の国なのか知らないの」と。そして「値引きしてください」と散々言ったのですが、メルケル氏が、「BREXIT is BREXIT」ではなく、「Rule is Rule」と言ってはね返してしまったのです。

 それでもイギリスは「まけてください、まけてください」と言うので、ようやく600億ユーロから400ないし450億ユーロ(日本円で5~6兆円)になりました。12月に入って、これをイギリスが受け入れたので、原則合意になりました。

 2つ目は、イギリスに住んでいるEU市民の権利保護と、EUに住んでいるイギリス国民の権利保護です。これについてもかなりの進歩があって受け入れられました。

 問題は3つ目です。イギリスとアイルランドの国境問題というものがあるのです。アイルランドは、イギリスの西側に位置し、おなかのように付いているような島です。ここは17世紀の宗教革命から今日に至るまで対立が続いていて、最近だけでも数千人が命を落とすという闘争が行われたところで、イギリスにとっての頭痛の種です。現在はこの島は、南がアイルラ...
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