●移行期間の延長決定と通商協議の開始
しかし、なかなか(EU離脱への)交渉は進みません。そうすると、関係企業は、交渉が進まないまま時間切れになったらどうするだろうと心配になり、「それではとんでもないことになる。それに備えて危機管理しなくては」という議論が出てきたのです。
EU当局は、あまり交渉が進まず2019年3月にはまともな結果が出そうもないので、早くも移行期間を設けて延長してあげようかという議論が出てきたのです。延長期間は1年9カ月ほどですが、実際その議論に入ろうとすると、またいろいろと細かい問題が出てきて、なかなかうまくいきません。
そうこうしているうちに、2018年3月に、テリーザ・メイ首相がロンドンで大演説を打ったのです。それは、イギリスはEUと世界一緊密な自由貿易協定を結ぶ、というものです。イギリスは、独自に規制を定める権限を取り戻す。しかし製造業については、無関税の恩恵を維持したい。こういうことを話したのです。EU当局はこの演説に「またあの人はいいとこ取りしているぞ」とあきれてしまったということで、交渉はどうなるかますます見えなくなってきたのです。
しかし、2018年3月22日に開かれたEUの首脳会議で、移行期間を2020年末まで、1年9カ月延ばすという内容でようやく暫定合意となりました。それから、移行期間中の単一市場残留については、4月から準備的な協議をしようということになりました。これも暫定合意です。一方、アイルランド問題は複雑であるため、本格協議は先送りになりました。その時、面白いことに、イギリスは「TPPに参加してもいい」と言ったのです。ようやく通商協議に入るめどが立って、これから時間との闘いになるわけですが、これはたかだか半年前ほどの話です。2年間という準備期間があったのですが、1年半ほとんど浪費してしまったわけです。
ここで、金融が非常に注目を浴びます。というのは、イギリスで一番強い産業は金融だからです。
イングランド銀行の立場と財務省の立場は相当違います。イングランド銀行は、独自性、独自のルールを設定できる余地を残しておきたいのですが、EUはこれに反対です。財務省のほうは、今の状況を維持したいと言います。そのほうが税収は上がるからです。EUは、イギリス国内の議論が割れているのを見ていて、こういう案を出しました。それは「equivalence rule」といいますが、EUと同等の規則でイギリスが機能しているのであれば、EUの領域内で自由に活動していいというのです。ただ、同等のルールといいますが、EUのルールはイギリスよりはるかに規制色が強いので、イングランド銀行は反対です。
この辺りのところをイギリスの人たちはどう見ているのでしょうか。私は2018年10月末にロンドンに行って、その時に大晩餐会がありました。そこで金融関係者がずらずら出てくるものですから、そういったロード・メイヤーのような人に意見を聞いたのです。ロンドンシティーは東京でいえば23区で、シティー・オブ・ロンドンは、中央区、千代田区、港区のような金融街のことです。彼らはこう言っていました。「シティー・オブ・ロンドンは、イギリスのEU離脱で単一市場や関税同盟のメリットを受けられなくなっても、これまでの実績、世界最大の取引実績がある。それから、技術や制度、インフラ、そして、何よりも金融人材の圧倒的な厚い蓄積があるので、それほど大きなダメージはないと思う」。その口調からは、静かながらもかなりの自信が感じられました。そういう底流があると思います。
●北アイルランド国境問題
では、いよいよ北アイルランドとアイルランド共和国の国境についてですが、アイルランド国境問題は何かということを、皆さんと振り返っておきたいと思います。
なぜこれがBREXIT最大の難関になるのか。アイルランド国境とは、アイルランド島北部にあるイギリス領の北アイルランドと、南部を占めるアイルランド共和国の間の国境のことで、約500キロあります。イギリスの国民投票でBREXITの方針が採択されるまでは、イギリス本土も北アイルランドもアイルランド共和国も、皆EUの加盟国、加盟地域だったので、国境に問題はありませんでした。EUは単一市場と関税同盟ですから、関税がなく自由に移動できるということだったのです。ですから、線は引いてあるかもしれませんが、国境はないのと同じということでした。
ところが、BREXITが実現してしまうと、北アイルランドとイギリス本土はEU非加盟になりますから、北アイルランドとアイルランド共和国の間にある約500キロの国境では、人・物・金の移動についていちいちチェックが必要となります。メイ政権は単独では下院で過半数を確保できません。そこで、北アイルランドの地域政党である民主統一党(DUP)の閣外協力でようやく薄い皮1枚でつながっ...