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ソクラテスのいう「真実のすべて」とは何か?

プラトン『ソクラテスの弁明』を読む(3)真実のすべて

納富信留
東京大学大学院人文社会系研究科教授
情報・テキスト
ソクラテスの裁判は、「真実のすべて」を明らかにするという構造を持つ。ソクラテスはいろいろな人のところに出かけては彼らの無知を明らかにし、それによって人々の憎悪をためてきた。この裁判では、自分が憎まれていることを確認することで、それが真実だったとソクラテスは議論する。(全6話中第3話)
時間:10:18
収録日:2019/01/23
追加日:2019/05/05
タグ:
≪全文≫

●現在の告発者ではなく古くからの告発者について述べる


 ソクラテスは弁明を始めました。弁明、つまり自分が不敬神の罪には当たらないということを、ソクラテスは限られた時間の中で喋っていかなくてはいけません。ところが、非常に不思議なことが起こります。

 一つ目の不思議なことは、シリーズの冒頭にもありましたが、真実ということをソクラテスが強調する点です。ソクラテスは始めのほうでこのように言います。

「さて、この人たちは、今言ったように、真実はほとんどなにも語りませんでしたが、あなた方は、私から真実のすべてを聞くことになります。」

 「真実のすべて」とは何でしょうか。真実というのは、例えば「これこれは真実で、これこれは違う」ということですが、ソクラテスが言うのは、全部が真実、あるいは真実の全体像というものです。このような言い方自体、やや大げさに言っているのか、あるいは普通の意味での真実と違うのでしょうか。

 そして、実際の真実とは何かを明かすソクラテスの弁明の仕方がとても変わっています。それは、現在この裁判で私ソクラテスを訴えている人たちに対して答えるのは後でも構わない、むしろもっと重要な問題がある、それは古くからの告発者である、という弁明をソクラテスが始めるということです。この裁判と全く関係ありません。何十年も昔から、名前も知れない人たちが自分を告発してきた。それに対して、弁明するのです。普通の裁判ではあり得ない、脱線のようなことが前半部で起こります。ただ、ソクラテスがそこで考える真実が込められています。

 ソクラテスはなぜ訴えられたのでしょうか。それは、自分に「知者」(知識人)という名前が与えられたからです。いかがわしい知者がいて、神を敬わない行動を取って、若者を堕落させているという嫌疑がある。ソクラテスはそれに対して、ある意味ではあっさりと、自分は人々が言っているような者ではない、とまず退けます。自分は自然科学を探求するような自然学者ではないし、若者たちを教育するソフィストでもない。これは皆さん、ご存じですよね、と言います。

 そうすると、ではソクラテスはなぜ裁判に至るような嫌疑をかけられているのでしょうか。そこが、真実というものの一番根っこにある部分だというのがソクラテスの語りの核心にあることです。


●アポロン神託事件は、プラトンの創作である


 なぜ私は「知者」と呼ばれるのか。そこで語り出されるのが、有名なデルフォイの「アポロン神託事件」というものです。自分の弟子であり、その時すでに亡くなっていたカイレフォンが、ある時、アポロンの神様に、ソクラテスよりも知恵のある人はいますかという、お伺いを立てて、「いない」という答えが返ってきました。それを聞いてソクラテスは、そんなことはあり得ないといって、そこからいろいろな人たちと探求を始めた、という非常に有名な、しかも印象深いストーリーです。

 私をはじめ研究者は、実はこのアポロン神託事件ということ自体が、もしかしたらプラトンのフィクションかもしれないと考えています。歴史的な事実として、これがいつ頃起こって、実際にどういうことが起こったかをきちんと事実の世界の中で確定するということが難しいということもありますし、ある意味ではおとぎ話のように綺麗にできているのです。神の言葉を聞いて、政治家、詩人、職人という3人のところに行って、神の真意を探りました、というストーリーです。ですから、どこまでが本当の出来事で、どこからがプラトンによるフィクションかという境も分かりませんが、いずれにせよ、ソクラテスはそういったお話に仮託して、自分のやってきたことの一番の核心を語るのです。

 それはどういうことか。自分(ソクラテス)はアポロンの神によって、一番の知者であると言われてしまった。ところが、自分は正義や幸福といったことについて知識があるとは全く思っていない。なぜだ。神様が嘘をいわれるはずがない。絶対に自分としては納得できない。そして、世間で知者と思われているさまざまな人のところを訪れて、「あなたの方が知恵があるはずですよね。ぜひ私にお聞かせください。一緒に検討しましょう」と話をしています。

 そのたびにソクラテスは、実はその人たちがそういったことについて、自分と同様に知らないということを発見してしまいます。そのような結果を経て、ソクラテスは最後に悟るわけです。神様が言われていたことは、実はソクラテスのように、知らないということを知らないと思っていることが一番いいのであって、そのことを試しなさい、確認しなさいという、神様からの一種のミッションであったのではないか、神の命令だったのではないかと受け取るのです。これが、古くからの告発というものから発祥した事件だと思います。


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