●キリストとは「救い主」という称号
橋爪大三郎です。本日は、キリスト教についてお話ししましょう。
キリスト教で一番大事なのはイエス・キリストです。そういう人物がいたのです。イエス・キリストは何者なのか。これが分かると、キリスト教が分かります。
まず、名前についていえば、「イエス(Jesus)」というのは与えられた名前で、太郎、花子のようなものです。親に付けられた人間としての名前です。では、「キリスト」は何かというと、これを名字だと思っている人がいますが、当時、名字はありませんでした。キリストというのは「救い主」という称号です。キリスト(クリストス)というのは実はギリシャ語で、ユダヤ人との間に生まれたのですが、皆は彼のことをメシア(救い主)だと思ったわけです。救い主(メシア)のキリスト、これがギリシャ語になって、イエス・キリスト、あるいはキリスト・イエスと呼ぶようになりました。これがヨーロッパ言語で知られているイエス・キリストです。
●キリスト教は一神教としては変則的
さて、イエス・キリストというのは、皆さんご存じかもしれませんが、神の子であり、救い主キリストです。このようになっているのですが、実はここから少し話がややこしくなります。
キリスト教は一神教で、神様が1人いるという考え方でしょう。神様は1人という考え方なのに、神の子がいるというのは、一神教としては大変変則的なことで、つまり一神教らしくないのです。一神教らしくないキリスト教が、もともとのユダヤ教の間から出てきました。そして、母屋を乗っ取るような形で、ユダヤ教よりも何十倍も大きなグループになって、今、世界を席巻しているという、こういう不思議なことが起こるのです。
そこで、話の順番として次のようにお話しします。一神教とは何か。一神教から見て変則的なイエス・キリストはなぜ生まれたのか。イエス・キリストが十字架で犠牲になって死ぬと、なぜ人類が救われるのか。これはいずれも大きな問題ですが、これをかいつまんで、ごく短くお話しするのが今日の目的です。
●一神教は神様が1人いて世界をつくったという考え方
まず、一神教とは何か。一神教というのは、神様が1人いて世界をつくりましたという、こういう考え方です。ユダヤ教はこういう考え方で、その神を「ヤハウェ」といいます。『旧約聖書』という書物があってキリスト教でも使っておりますが、あれはもともとユダヤ教の聖典なのです。特に最初の5冊、『創世記』『出エジプト記』『レビ記』『民数記』『申命記』というものがあるのですが、この5冊を「モーセ五書」、すなわち預言者モーセが伝えた5つの書物ということで、ユダヤ教ではこれを非常に重視しています。
そこに書いてあることなのですが、ヤハウェがあるとき、世界をつくりました。太陽をつくって、星をつくり、天体をつくって、地球をつくり、山をつくって、川をつくり、植物をつくって、動物をつくり、最後に人間をつくる。これに6日間かかった。つまり、つくり主ということで、つくり主がいるのが一神教の特徴です。
つくり主といっても、ピンとこないかもしれませんが、要は世界を製造したのです。物を製造すると、製造されたものはつくった人が所有するものになります。例えば、トヨタ、日産の自動車はトヨタ、日産のものです。だから、売ることができます。どんなものをつくっても大体そうなのですね。この考え方が人間にも当てはまっていて、人間は神がつくったもの、被造物ですから神の所有権があるわけで、つくり終わった後も、ずっと神の支配権が及んでいます。
また、アダムをつくった。次にエバをつくった。それ以外の人間は、お母さんから生まれているように見えますけれども、実は神がつくったのである。このように一神教では考えます。そうすると、例えば、ジョンがいて、メアリーがいて、エリザベスがいて、皆一人一人、「ジョン、君はジョンになりなさい」「メアリー、君はメアリーになりなさい」と神に命じられて、この世界に出現した。そして、寿命のある限り生きている。寿命がきたら、命を神に返して亡くなる。これが人間の一生である。こういうことです。
●当局にとってイエスは危険人物
人間だけではなく、山も、川も、自然も、全て自然法則によって、神の命令に従って動いている。この世界は神が支配する場所である、と考えます。支配している証拠に、モーセのような預言者が現れます。神の言葉を伝えるので、それに従っていなさい、ということです。これは宗教法であり、ユダヤ人はユダヤ法、イスラム教徒だったらイスラム法に従うわけで、これが一神教の骨格です。
一神教の信仰というのは、神がこの世界の主人であること、神の命令に従うこと、それが人間の定めであり、人間の生きる価...