●「核心利益」の提示
中国共産党は、巨大国家の安定と経済の発展を維持していく上で、さまざまな難題を抱えてきました。その中でも最も大きな問題の1つが、少数民族問題です。それは1つ間違えば、中国の領土の一体性を突き崩す一撃にもなりかねません。2008年にはチベット自治区で、2009年には新疆ウイグル自治区で暴動が起き、胡錦濤指導部はその収拾に追われました。そして、中国の発展を望まずその分裂を画策する国外の勢力が、その背後に存在するという警戒感を強めます。
外交においても、「台独」すなわち台湾の独立、「藏独」すなわちチベットの独立、「疆独(きょうどく)」すなわち新疆の独立、こうした勢力との闘争に奉仕することを求められます。胡錦濤国家主席は、「外交工作は、国家主権、安全、発展利益に奉仕すべきだ」と強調し、交渉の余地のない「核心利益」が中国外交の前面に登場するのです。
2009年、戴秉国(たいへいこく)国務委員は、1.中国の国家体制や政治体制、2.主権の安全、領土の一体性、国家の統一、3.中国経済の持続的発展の保障、これらを「核心利益」と位置付け、これを侵すことは許さないと強調しました。このように、中国の核心利益は、中国が警戒する脅威の裏返しであって、中国の脅威認識を色濃く反映しているといえます。1の中国の国家体制や政治体制には中国共産党が敏感になり、2の主権の安全、領土の一体性、国家の統一にはナショナリズムを帯びた世論が反発します。
内政と外交が一体化する時代にあって、国内に火種を抱えながら経済成長を維持していく必要がある中国の指導者にとって、中国のボトム・ラインを「核心利益」として提示して予防線を張ることが、「内外を総攬する」上で必要とされたのです。
2009年11月のバラク・オバマ大統領訪中時の共同声明には、「核心利益を互いに尊重する」という文言が盛り込まれました。これはアメリカ国内の批判を招き、2011年1月の胡錦濤国家主席訪米時の共同声明においては、「核心利益」という言葉は盛り込まれませんでした。そこでは、「主権と領土保全を尊重する」という表現に落ち着いたのです。
●「核心利益」の再定義
この2011年に中国は、「平和発展白書」を発表しています。その中では7つの「核心利益」が提示されました。1つ目は国家主権、2つ目は国家安全、3つ目は領土保全、4つ目は国家統一、5つ目は中国憲法で確立した国家政治制度、6つ目は社会の大局の安定、そして7つ目は経済社会の持続的発展、です。これらの7つを中国の「核心利益」として位置付け、これらを断固として守り抜くと宣言しました。
2002年の「中国国防白書」における国家利益の規定と比較すると、この2011年の平和発展白書では、「平和的国際環境」という言葉が消えています。また、国防白書では、「経済建設を中心として総合国力を向上させる」ということが、2番目に置かれていました。しかし、平和発展白書においては、経済関係の利益は最後に置かれました。ここにも、「韜光養晦」の下で平和な国際環境を求めつつ経済建設に邁進してきた時代に、幕が下りたことがうかがわれます。
なお、2009年において戴秉国氏が「核心利益」と位置付けて1番目に挙げた政治体制は、5番目へと下がっています。その背景には、2009年に戴秉国氏が「核心利益」を発表した際の国内の反応として、最も重要なのは国家主権だという批判があった、という指摘があります。
しかし、2015年に制定された「国家安全法」では、「核心利益」として、まず、「国家の政権、主権、統一と領土の保全、人民の福祉、経済社会の持続的発展」が規定されています。ここでは、政権が主権より前に置かれています。このように、「核心利益」の序列に関しては、「政権」が先か「主権」が先か、揺れ動きがありました。また、その中身には曖昧性も付きまとってきました。例えば、主権に関わる問題として、台湾、チベット、新疆が「核心利益」とされてきましたが、海洋進出に伴って、メディアやネットでは南シナ海や東シナ海の問題においても「核心利益」への言及が増えていきました。
●「核心利益」の提示は強硬外交か
昂揚するナショナリズムに後押しされた「核心利益」の提示によって、中国外交は自己主張を強め、しばしば柔軟性を失って強硬論に支配されることになります。これに対して中国の専門家からは、「核心利益」さえ脅かされなければ中国は平和発展するとし、「核心利益」と「平和発展」は矛盾せず、「核心利益」は「平和発展」の条件である、という見解も示されました。楊潔チ(ようけつち)外交部長は、「原則的立場の堅持と強硬か否かということは二つの異なるものである」と述べて、「核心利益」を守る行為を強硬と見ることに反論しました。
習近平国家主席は、中国の「平和発展...