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戦国時代、城郭が恒常的に存在するようになった二つの意味

百姓からみた戦国大名~国家の本質(3)統治権力と城郭の新しい役割

黒田基樹
駿河台大学法学部教授/日本史学博士
情報・テキスト
戦国大名の構造として重要なのは、戦争の恒常化に伴い、城を拠点にした領域が形成されたということである。これによって軍事拠点としての城郭が恒常的に存在するようになり、そこに政治拠点としての性格も付与されるようになる。こうした領域権力の確立は、戦国大名が統治下にある全ての村落に対して戦争費用を負担させるようになることも意味した。(全8話中第3話)
時間:08:04
収録日:2019/03/20
追加日:2019/09/29
≪全文≫

●「領域権力」という新しい統治構造


 次に、戦国時代に新しく生まれてくる統治権力についてお話しします。これは一般に「戦国大名」と呼ばれていますが、この戦国大名とは、それまで日本列島に存在していた政治権力とは全く性格が異なる、新しい性格の権力です。

 これまでの政治権力とは何が一番異なるのでしょうか。関東には北条家という大規模な戦国大名が存在していました。戦国時代が終焉するのが小田原合戦であり、ここにおいて羽柴秀吉が北条家を滅ぼしました。これが基本的には戦国時代最後の合戦とされています。つまり北条家は、戦国時代の最後の段階まで存続していました。

 これは北条家の領国図です。この図では、領国の範囲を太線によって示してあるのですが、一円的な範囲を覆っているということが分かります。それ以外のところは、別の大名の領国なので、この領国の範囲を示している線そのものが、現在でいう国境線に当たります。

 こうした政治権力の在り方は、「領域権力」と呼ばれています。一定領域を排他的に統治する権力のことです。現在のわれわれの国民国家も領域権力を持っています。


●戦国時代、軍事拠点としての城郭が恒常的に存在するようになる


 領域権力はどのような段階を踏んで生まれてくるのでしょうか。まずいえるのは、領域権力は、日本列島においてこの戦国時代になって初めて生まれてきたものだということです。室町時代までの領主は、このような領域権力を持ってはいませんでした。戦国大名による戦国時代になり、戦争の恒常化が進む中で、戦国大名たちの領域権力が誕生しました。

 戦国大名が誕生してくる前提として、戦争の恒常化がありました。領域権力誕生の要因も、実は戦争を遂行するという性格にあります。現在の国民国家も、実は近代社会に展開する中で、戦争のためにつくり出された権力です。そのため、現在の国民国家は領域権力や領域国家としても存在しています。

 その戦争の恒常化に伴い、まず軍事拠点である「城」というものが恒常的に存在するようになります。城も、古代から軍事施設を指してそう呼ばれていたのですが、この城郭が恒常的かつ日常的に存在するようになるのは、戦国時代になってからです。


●軍事拠点である城郭に政治拠点としての性格が付与されるようになった


 なぜ恒常的かつ日常的に存在するようになったかというと、軍事拠点である城に統治者が在城しながら、そこで政治的な支配を行うようになったからです。要するに、軍事拠点である城郭に政治拠点としての性格が付与されるようになったということです。そのことにより、周辺地域で戦争がなくなっても、政治的な拠点としての城郭が存続するようになりました。

 また、繰り返しますが、この城郭は恒常的に存在するため、第一義的には、その城に在城する、戦国大名の家来によって維持修築が行われます。しかし、それだけでは足りないので、周辺の村落に対して労力を徴発する租税が課せられます。北条家の場合だと、大普請役と呼ばれるものです。これにより、村落の人々も城の維持を担っていました。


●物資輸送のための「陣夫役」を村落に負担させる


 さらに戦国大名は、戦争の恒常化の中で戦争を遂行する権力を有していますが、この権力は戦場への物資の輸送の際にも必要とされます。兵糧や、損傷した武具を補給することなども、本来的には大名の家来が行うのですが、それだけでは不十分なので、やはりこれも、支配下にある村落に負担させるということが行われていました。これは「陣夫役」と呼ばれています。

 実は戦国大名は、このようにして統治下においてある周辺の村々から戦争費用を徴発することによって成り立っていました。そうした権力を持っていたのです。

 個々の村々には戦国大名の家来になっている領主がおり、その領主が個々の村落に対して年貢を負担させるという構造になっていました。今述べた大普請役や陣夫役とは、戦国大名が直接、統治下にある村落に対して、自身の戦争費用として徴発をする仕組みになっています。これが戦国大名の領国統治の基本的な仕組みなのです。

 ここに、北条領国における年貢公事納入ルートという図があります。左側の部分が、戦国大名が家臣に所領を与えている部分です。家臣が、「年貢」や「公事」と呼ばれるものを自らの収入として村から徴発をします。公事とは目的税の事です。他方でそれとは別に、戦国大名が各村に戦争費用を徴発しています。図は、こうした仕組みが表されています。こういう在り方も、それ以前の社会にはなかったものです。

 戦国大名が全く新しい領域権力であるということが分かります。さらに、統治下にある全ての村落に対して...
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