●中国の大躍進によって出てきた2つの世界観
―― ありがとうございます。曽根先生が今おっしゃった、中国の党の問題について、小原先生、いかがでしょうか。日本で例えると、人口が10分の1で考えて、1000万人弱ほどの共産党の党員がいて、それが全部企業や学校などに入っているというイメージです。こうした社会のあり方をどう考えればよいのでしょうか。
あるいは、曽根先生がおっしゃった、価値の違いです。同じ「民主」でも、日本の「民主」と中国の「民主」では意味が違う、というお話です。これはまさに、摩擦の1つの原因になり得る部分です。それについて実感を含め、どのようにお考えでしょうか。
小原 先ほど、現在の米中対立が新冷戦かどうかという議論がありました。冷戦とは一体何であったかというと、簡単にいえば、これは米ソ両大国の覇権争いでした。力のぶつかり合いです。もちろんそのなかでも、勢力均衡や核の抑止力が働いていました。これは「相互確証破壊(Mutual Assured Destruction、MAD)」といいますが、核兵器は互いにやり合えば双方が完全に消滅してしまうレベルのもので、これを人類が持ったということです。広島や長崎の経験があり、世界のトップリーダーたちも皆、その怖さを分かっています。核の相互の抑止力によって、冷戦は熱戦にならずに終わりました。
今、新冷戦が始まったという議論が、アメリカでも活発にされています。しかし、もう1つの当時の冷戦の特徴はイデオロギー闘争です。つまり共産主義が良いのか、自由民主主義が良いのか、という争いでもあったのです。結果的にソ連側が敗れて党も崩壊し、フランシス・フクヤマが言うような「民主化の波」が世界に広まっていきました。
そうした流れがあったのにもかかわらず、中国の大躍進によって、どうもそうじゃないという2つの世界観が出てきました。これにより、相対的に民主勢力が色あせていっています。トランプ大統領の出現もそうですが、EUが共同体の建設という、試練を乗り越えるような大変な大実験をしているなかで、ブレグジットでイギリスの離脱という事態が起こり、そうした流れも弱まっています。また、極右勢力がヨーロッパでも進出してきたこともあり、民主主義が権威主義のモデルに負けつつあるのではないかという議論まで出てきています。
●アメリカは国際的な秩序維持から撤退しつつある
小原 そういうなかで今、曽根先生がおっしゃられたように、中国が大きくなってきて、万が一権威主義体制が民主主義体制に打ち勝った場合、つまり負けると思っていたほうが打ち勝つことになる、あるいは中国がGDPでもアメリカをしのぐような国になったとき、世界の秩序はどうなるのでしょうか。
戦後、アメリカはリベラルな秩序をつくってきました。そのリベラルな秩序の根本には、普遍的な価値があります。普遍的な価値とは、まさに今、曽根先生が言われたような、民主主義や自由、人権の尊重、法の支配などです。これをアメリカは、一生懸命つくり、支えてきました。ところが、オバマ政権時代に、「アメリカは世界の警察官ではない」という考え方が広まりました。「そんな力はない。他の国の安全や繁栄のために、われわれが犠牲を払う必要はない。もしそうする必要があるなら、もっとコストを払え」と主張し始めたのです。今の在韓米軍にも在日米軍にもそういったことが問題になってきています。これは、アメリカの力が落ちてきたからです。
●新たな国際秩序をつくるには力だけでなく価値が必要となる
小原 同時に、中国が力でアメリカをしのぐようになると、中国なりの秩序をつくることになります。中国は改革開放によって、WTOへの加入を含めて、今のアメリカがつくった秩序の中でこれだけ大きくなってきました。ですから、こうした成果を全部取り替えようとしているわけではないでしょう。しかしその中で、IMFやWHOにおいて、自分たちの発言権や影響力をさらに強めていこうという意図はあると思います。このたびの新型コロナウイルスの一件においても、WHOの事務局長は中国寄りではないかという声が散見されます。現状では、こうした国際機関の中でも、15のポストのうち4つぐらい、中国の人たちがトップを担っているという状態です。ですからアメリカにとっても、こうした国際的な発言権や影響力を強めることが重要であることは間違いありません。これは日本でも同じですし、やることは全て同じなのです。
「国際秩序は力と価値の体系だ」とよくいわれます。力を持つ国が国際秩序をつくるわけですが、例えば戦後の秩序は、第二次世界対戦に勝った国がつくりました。国際連合は「The United Nations」という名称からも分かる通り、連合国によるものです。そういう意味でいうと、戦後秩序とはアメリカを中心とした戦勝国がつくったものです...