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●長期的な経済的社会的影響を考慮するべきである
―― 小原先生は、今後の見通しについてどのようにお考えでしょうか。
小原 経済、政治、社会への影響をそれぞれ考える必要があると思います。中国だけを見る場合には、1つには経済です。よく言われるのは、こうした病気や疫病は経済に対して中立的であるということです。短期的にはやはり、経済に対して非常に厳しい衝撃を与えても、長期的にはそうたいしたことはない、ということが一般的にいわれます。
しかし、政治や社会への影響を考えた際には、投資活動などにも関わりますが、やはり長期な将来への信頼、安定という面を踏まえる必要があります。そうした心理的な影響をどうカウントするのかということが重要です。これを前提に経済への影響を考えると、一番大変なのが、小売・サービスです。レストランなどの飲食、ホテルなどの観光、娯楽関係、これらへの影響が今、一番出ています。
●中小企業の倒産や雇用減少、物価上昇の恐れもある
小原 また、中小・零細企業が中国ではどんどんと倒れています。とにかく流動資金がなくなってくるのです。下手をすると、全滅してしまうかもしれません。これについては、清華大学の研究チームが数字を発表しています。賃金や利子、賃借力、あるいは戻ってきた人たちを隔離するなどのコストも含めて、そうした資金が足りなくなってくるということで、85パーセントの企業が3ヶ月以上存続することができないのではないかという研究結果が出ているのです。あるいは中国社会科学院では、製造業でも、操業の再開延期が2週間以上続けば、67パーセントが倒産の危機に至ると分析しています。こうした意味では、影響は非常に大きいといえます。
最も深刻に考えなければならないのは、雇用への影響です。実は民営企業は、規模は小さいのですが、GDPの6割、雇用の8割を支えています。これがどんどん潰れていくということは、失業者がもっと増えていくことを意味します。そのため、雇用への影響は甚大です。習近平国家主席も大量解雇を回避せよと指示を出したといわれていますし、雇用をどう確保していくのかが重要な問題なのです。
さらに、物価上昇もあり得ます。物流が動いていないので、その影響で物価が上がります。また、工場に人が戻ってくるかどうかという点も含めて、人の確保も重要です。特に沿海部の賃金が10~20パーセントほど上昇しつつあります。2019年の豚コレラの影響や天候不順の影響が山東省や長江中流域にありました。これらも全部重なって、物価が上がっていくのではないかと指摘されているのです。
●影響は中国にとどまらず、日本や世界にも
小原 こうした中国経済への影響を考えると、中国の世界経済に対する貢献度が大きいだけに、実は日本企業も含めた世界経済が中国頼みだったことが分かります。この点は、この機会に少し考え直さなければならないでしょう。実際上、その動きは個別に出てきています。
このことは、SARSの危機との比較でも分かります。SARSは2003年でしたが、2001年にWTO(世界貿易機関)に中国は加盟し、一気に市場を開いて、そこに投資がどんどん入っていきました。経済的なダイナミズムが大きく爆発していく時期でした。外需も増えました。そうした時期と比べると、現在アメリカとの貿易摩擦を含めた実態経済は悪化しつつあります。ここに、今回の新型コロナウイルスの影響が出てきているということです。短期的にはかなり厳しい状況ですし、長期的には、冒頭に言ったようなことがあるのではないかと思います。
●社会的には良い影響を今後与えていく可能性もある
小原 社会的な影響については、中国社会をより良く変えていく可能性があるのではないかと思っています。例えば、衛生意識の高まりです。清潔を重視するということが、経済やビジネスに与える影響に自覚的になるかもしれません。消費行動も変化していくと思います。もちろん、ネット通販の活用はこれまでも増大してきたわけですが、出前やファーストフードについてもこうした需要は高まりますし、物流も新しい展開が出てくると思います。
すでに、ネットやドローン、ロボットや宅配ボックスなど、いろんなことがこれまでも動いていますが、このあたりのことがさらに加速する可能性はあります。キーワードが「健康と安全」になるということです。国民の意識や価値観がここに置かれるようになっていくのです。それに合わせたような社会やビジネスモデルが出来上がっていくという可能性が、良い意味ではあると思うのです。
最後に、冒頭でいった政治への影響です。今回の問題が今後、中国の政治に対してどう影響を与えるのか。このことについては、私のような中国の専門家にとっては非常に重要な問題です。


