●2万人の英国ジェントルマンが7つの海を制覇した
執行 キルケゴールも、民主主義の社会は心の良心を失ったら、もう情熱のない無分別なものになるとはっきりいっています。つまり今の時代です。そして、キルケゴールがいっているマスコミは新聞だけですが、マスコミの操作だけで動く何の定見もない人間たちの社会が現出すると、1846年に書いた『現代の批判』という、180年前の本で語っています。
―― なるほど、1846年に……。
執行 そこに出ている話は全部、現代と同じです。だから民主主義は、心の良心を失ったらどうなるか、最初からわかっているのです。その良心とは、先ほどからいうように、昔は「神」といわれていましたが、この神をわかりやすく砕けば「命よりも大切なもの」のために生きるということです。そのために人間の意見をぶつけるのが民主主義なのです。
今そんなことをいったら怒られますが、ひと昔前は、「意見をいう」というのは、「命を懸ける」ということでした。だいたい、僕が子どものときでも、自分の人生や命を懸けないようなことをいえば、「うるせえ、引っ込め。なんだそんな軽薄な言葉は」といわれました。今は誰もいいませんが、やはり意見とは命懸けのことです。意見とは何かということを、今の日本人は、キリスト教社会や武士道の面から思い起こさないといけません。
民主主義が一番うまく機能した時代を例として1つ挙げると、19世紀のヴィクトリア朝イングランドです。
―― 一番、イギリスの最盛期ですね。
執行 最盛期です。われわれが言葉では知っているのは、西欧自由主義、西欧個人主義という、民主主義の土台です。議会制民主主義を生み出した、西欧個人主義が花開いたのが、19世紀のヴィクトリア朝イングランドです。
そのときのジェントルマンの定義は、民主主義社会を牽引するエリートです。牽引するエリートを、あの当時はジェントルマンといっていたのです。ジェントルマンというのは、今、名簿も残っているようですが、2万人いました。だから国民全部がすごかったのではなく、2万人のジェントルマンがいたことによって、英国は7つの海を制覇したのです。
―― 2万人のジェントルマンがいるというのは、すごいことですね。
執行 これはすごいことです。その2万人を生み出したのが、われわれもよく知るパブリックスクールです。ウィンチェスターやハーロウ、イートン。あそこからオックスフォード、ケンブリッジ出身者が出て、そうした教育を受けた人たちです。この人たちが約2万人集まったのが、あの当時なのです。この教育方法を考えたのはトーマス・アーノルドです。彼が書いた教育理論の本には、西欧民主主義、西欧自由主義は何かというと、「ただ1つの哲学を持っている人間を生み出すこと」という定義が書いてあります。ただ1つの哲学を持って、その哲学とともに生き、その哲学とともに死ぬ人間を生み出すのが、英国の教育システムであるというのです。
―― それはすごいですね。
執行 そして持った思想がどんな思想でも、それが信念ならば許すというのが英国ジェントルマンです。信念ならばいい。つまり全財産を懸ける、命を懸ける、最後には責任を取って死ぬ。ここまで入っていれば何をしてもいい。どう生きてもいい。専制と違うのはそこです。独裁や専制は、「こう思わなければダメだ」というのが1つだけある。
―― はい。たった1つです。
執行 「こう思わなかったやつは、ぶち殺す」という。ところが西欧民主主義は、ここは今の日本人によく聞いてもらいたいのですが、命を懸けるのは同じなのですが、命を懸けるものを「自由に選んでいい」のです。
―― 命を懸けるものを自由に選んでいい。かつ自分で選べる。
執行 自分で選ぶ。ただし選んだら、実行しない限りは、ジェントルマンとして認められない。ここを、今の日本人には、一番知ってほしいところなのです。民主主義とは、実はそういうものだったということです。信じるものを好きに選んでいいから、「自由」なのです。でも、信じるものがない人は、19世紀もクズなのです。クズであり、動物であり、蟻んこであり。今流にいうと人間の価値がないわけです。
―― なるほど。しかし、それを2万人生み出したパブリックスクールって……。
執行 だから、すごいのです。
●イギリスのジェントルマンと明治の日本人
―― だからヴィクトリア朝は1850年代後半、大英帝国になれるのですね。
執行 そうです。外交官や学者など、いろいろなところに1人、2人ずつのジェントルマンがいたのです。そしてジェントルマンは、1つの哲学に命を懸ける。これは武士道とまったく同じです。だから本当の武士道に生きた人は、19世紀の英国ジェントルマンとまったく同じなのです。
―― 最盛期のイギリスのジェントルマンと同じ...