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私心を捨てる――幕臣・山岡鉄舟が体現した武士道

江戸とローマ~「父祖の遺風」と武士道(6)武士道の喪失と現代社会の問題

本村凌二
東京大学名誉教授/文学博士
概要・テキスト
山岡鉄舟
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」
新渡戸稲造の『武士道』には、古代ローマの「父祖の遺風」に訴えるエピソードが多数盛り込まれていた。「義」を貫き、相手への思いやりを「惻隠の情」として表し、私心を捨て捨て身になることの大切さである。幕末には武士道を体現していた幕臣・山岡鉄舟がいたし、日本に7年留学していた中国の文学者・魯迅は「日本の誠実さを学べ」と説いている。こうした精神が日本から失われつつあるのではないか、というのは新渡戸の危惧でもあった。(全6話中第6話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:09:56
収録日:2021/07/16
追加日:2022/12/17
カテゴリー:
≪全文≫

●「義」「惻隠の情」そして「私心を捨てる」


本村 ともあれ今回、私は改めて『武士道』を読んでみて、多々思うところがありました。父祖の遺風で貫かれたローマ人の考え方、つまり先祖に負けないように成長しようと思い、親も子供を立派な子どもに育てるために自分の手をかけてやるということ。それから、この意識は日本人よりもむしろローマ人のほうが強かったのではないかと思いますが、生き方として「義」を貫き、「惻隠の情」と言われるように相手に対する思いやりを深くし、どこかで私心を捨てる、捨て身になること。

 私は、この捨て身になることを非常に大事だと思います。捨て身になれない人間は、結局責任が取れなくなるのではないかと危ぶむからです。すぐれた大政治家といわれる人は、どこかで捨て身になっているところがあります。捨て身になれるから、責任を取れるということもあるのではないか。それは、やはり「私心を捨てる」という意味では非常に大事なことではないかと思うわけです。

 山岡鉄舟という武士道の一つの典型を体現した幕末の人がいます。彼は自分の名誉や金銭、私心を捨てることのできる人でした。西郷隆盛や勝海舟が、「彼とならば、本当に腹を割って話せる相手だ」と言っていたことの一番重要な要素として、私心を捨てられるかどうかということがあり、それが武士道というものを示していたのです。

 山岡の場合はあまりにも私心を捨てたがために、家の者が食うや食わずの状態に陥っていたところがあり、夫人は相当苦労されたらしいのです。そうだったのかもしれないけれども、武士道と父祖の遺風には非常に似たところがあり、それがローマ人と日本人に、ある種の誠実さを与えています。


●新渡戸稲造も危惧した「武士道の喪失」


本村 だから、オリジナリティはなくても誠実さをもってよりよいものをつくっていく。そこをごまかさない精神をつくっていくときに、ローマ人の父祖の遺風と日本人の武士道というものは非常に大きな役割をしてきました。

 今や日本社会にはその精神が失われていっていることを、新渡戸稲造も危惧していました。武士道というのは、もちろん今以上にみんなが身につけるようなものではないだろうけれども、やはりこれを失わないでほしいというのです。

 こういう精神が日本でかなり希薄になってきて...
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