●中国の権威主義的措置はお手本になるのか
小原 前回お話したことを踏まえると、中国の権威主義体制が望ましい国家モデルになり得るのかということは、論点になってくると思います。
―― 民主主義国家では、前回おっしゃった学校閉鎖などの3つの介入が行われています。それに対して中国は、全土に監視カメラが張り巡らされた社会なので、誰が発熱しているかなどを全て把握し、どこに濃厚接触者がいるのかも、ネットワークの中で把握できます。さらに、人々の行動もWeiboというアプリで登録させるなどして、完全な封じ込めを行いました。中国はこうした体制が取れていたからこそ、ウイルスとの戦いに勝てたのだと、今後主張されるかもしれません。前回のスペインインフルエンザの報告書と比較すると、こうした施策は新たなモデルになるのでしょうか。
小原 モデルになり得る部分となり得ない部分があると思います。モデルになりにくいのは、民主主義国家が保障する人権やプライバシーなどに強く抵触するような手段だからです。今回、中国がそうした手段を取ったことは効果的だったとは思うのですが、民主主義国家では、それはできません。例えば、禁足のような容赦のない検疫は、当時、中国でも関連の動画が出回っていましたが、車から人を引きずり出して消毒するなど、かなり強制的なものです。隔離も同様です。
医療体制に関しても、対応できなくなると仕方ない部分もありますが、体育館のような場所にプライバシーもない状態で人が詰め込まれるケースもあります。途上国の場合、医療が整っていないとこうなってしまうこともあるのですが、人権問題とは別個に、感染症を防ぐのに十分な施設があるのかという問題とも関わってきます。日本でも、医療現場が持ちこたえられずに、設備面から崩壊してしまう可能性を最も恐れています。そのため、軽い人は自宅や指定のホテルなどで様子を見ることが推奨されています。こうしたことが許されるかどうかがポイントになるでしょう。
ただ、イタリアなどを見てみると分かるように、設備や能力がある一定のレベルに到達していなければ、医療崩壊は免れません。しかし、そうした状況は国家に能力がないからなのか、能力があろうとなかろうとせざるを得ない対応なのか、という違いはあると思います。
●各国で医療水準は異なるが、中国の措置には学べる部分もある
小原 さらに、医療水準の問題もあると思います。中国の場合は、中国全土から武漢に、ものすごい数の医療チームを派遣しました。その後、武漢の状況が沈静化したので自分たちの病院に帰っていきましたが、そこでは1つのナショナリズムが生まれてもいます。犠牲ももちろん出ましたが、使命感に駆られた行いだったと思います。それだけの対応能力がある国家だということです。
それに対してイランはどうでしょうか。他国と比べても致死率は高いほうだと思います。北朝鮮も、医療施設の問題も含め医療水準はあまり高くないでしょう。一方、シンガポールの医療水準は非常に高い。そう考えると、国によって医療水準が異なります。
また中国では、手続きをオンライン化することで、食事の注文や配達などを全て行うことができます。一方、検査を無料で行うことができるかどうかという問題はあります。アメリカは医療費が高額で、医者にかかれない人もたくさんいます。ICUなどは非常に高額です。こうした点を考えていくと、中国から何を学べるかについての判断は非常に困難です。
とはいえ、学べる点もあります。先ほどのアメリカの報告書でもあった、人権を踏みにじることなく、最も効果的な措置を取ることの重要性です。まさに日本政府が要請していることが、それに当たります。今回中国が取った措置の中でわれわれが学べる部分も、ここにあると思います。
●ウイルスという共通の敵に対しては国際協力が不可欠
―― もう1つの視点として、安全保障の側面があります。今は、全世界的にパニック的な状況が広がっていますが、こうした危機だからこそ、もう一方で、いろいろと安全保障的な面も考えておく必要があるように思います。その点についてはどのようにお考えでしょうか。
小原 これについては、陰謀論という議論があります。アメリカのドナルド・トランプ大統領やマイク・ポンペオ国務長官は、このウイルスを「武漢ウイルス」や「中国ウイルス」と呼び、感染源を中国だと見なしています。それに対して中国は反発し、副報道官は、アメリカ軍がこのウイルスを中国に持ち込んだとして、その可能性に言及しています。これにまたアメリカが反発しています。
こうした論争の背景には、やはり米中間の対立や相互不信があります。今回のコロナウイルス問題によって、次の2つの可能性が出てくるでしょう。1つ目の可能性は、やはり国際協力...