●日本が作っているのはシナリオではなくマニュアルである
―― 先生、ご講義ありがとうございました。今お話し頂いた中で重要なのは、シナリオをどのように作るのかということだと思います。その点でいえば、日本はこれまでうまくできていなかったということでしょうか。
曽根 はい。日本はシナリオではなくマニュアルを作ってしまっています。つまり、地震が起きたら誰がどこに電話するか、というようなマニュアルは存在します。しかし、地震や今回の新型コロナウイルスのような感染症が爆発的に広まった際に、誰が司令官になり、どのような情勢分析を行い、どの組織をどう動かすか、またそれには時間がどれくらいかかるのかということに関して、作戦のシナリオを作らなければなりません。
日本の場合、おそらくこれ(作戦計画)を作っているのは自衛隊で、それ以外はほとんど作っていないのではないでしょうか。「官邸一極集中」といわれていますが、このようなシナリオが官邸にあるとは聞いたことがありません。唯一あるのは、マスコミ対応へのマニュアルでしょう。かつて細川護煕政権ができた時に、それがあったと聞いたことがあります。あるいは各省庁からの秘書官などが自分の過去の経験を頭に入れて、対応してきたのでしょう。そうした意味では、新型コロナ問題における対応のシナリオはなかったように思います。
●日本の「危機のシナリオ」作りのため参照すべき海外の事例
―― ヨーロッパ、アメリカ、中国のような他の諸外国は、こうしたシナリオをどのようなレベルで作っているのでしょうか。また、それらと比較して、日本がシナリオを作っていくとすると、どこで誰が作るべきでしょうか。
曽根 アメリカのジョンズ・ホプキンズ大学で作られたレポートは、実際に実行されたわけではなく、具体的なオペレーションはCDC(Centers for Disease Control and Prevention、アメリカ疾病予防管理センター)が担っています。CDCは頭脳としては機能するのですが、橋本英樹先生(東京大学大学院医学系研究科教授)がおっしゃっていた通り、手足の部分(つまり実行部隊)が弱いのです。日本の保健所に相当するようなものがありません。
皮肉なことに、日本の保健所は戦後GHQが指導して作られたものです。今の日本も保健所が疲弊し、パンク寸前なのですが、なんとか機能しています。アメリカは、CDCという頭脳はあっても手足がないという状況です。
ヨーロッパの場合、特にドイツの事例を先ほどの講義で申し上げました。ロベルト・コッホ研究所の報告書は、ドイツ連邦議会に対して提出されたものです。それをどの程度生かしたのかは、私も分かりません。しかし、イタリアに比べてドイツは、医療崩壊の程度ははるかに低いのです。病院のベッドをコロナ患者のために空ける余裕がありました。日本はギリギリの状態で行われていますが、この点はドイツを見習うべきでしょう。危機に対する対応は、ドイツの場合、システムレベルでできていたということです。それがロベルト・コッホ研究所の提言に則っているかどうかは分かりませんが、少なくとも医療崩壊は避けることができました。一方、同じヨーロッパでもその点において、イタリアは大失敗してしまいました。
韓国の場合、「生活治療センター」が用意されていました。日本の場合、感染者は軽症・無症状でも入院させるという体制を取ったため、ベッドが満員になってしまいました。韓国であれば、そうした人たちは生活治療センターに送られます。ここは、寮や研修所などを借り上げて運用されている場所です。日本もこれを作っておくべきでした。感染している人と感染していない人の二分法で考えていたので、その中間部分である、軽症あるいは無症状でウイルスを運んでいる人についての理解が不十分であったということです。感染症の専門家でさえ、当初はこの点が弱かったと思います。
●未知な事柄についての制度設計を考えておく必要がある
中国ではヒトーヒト感染があり、軽症者、あるいは時には無症状者もウイルスを運んでいるということは、非常に重要な事実です。これは大変なことだと私も気づき、ジョンズ・ホプキンズ大学の資料を探って分析しました。こうした点から、今の問題がどこにあるのかについての全体像を理解すると同時に、こうした事態が起きたら何をすべきかについては、海外の事例などを含めて頭に入れておくことが求められるでしょう。イギリスのインペリアルカレッジなども、良い報告書を出しています。
政治家にこれら全てを任せることは、もちろんできません。この点は専門家が読み解き、知識として蓄積しておく。そして、それは具体的には厚労省がやるべきなのか、内閣府がやるべきなのか。というような制度設計については今一度考えておく必要があるでしょう。地震...