政治思想史の古典『法の精神』と『社会契約論』を学ぶ
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古代崇拝が『社会契約論』に持ち込んだ一つのジレンマとは
政治思想史の古典『法の精神』と『社会契約論』を学ぶ(7)自由の意味
川出良枝(東京大学名誉教授/放送大学教養学部教授)
古代ローマの共和政に範を見出したルソーだったが、近代における人間観が古代ローマのそれとは大きく異なるという問題に直面する。一般意志を考える上で、より穏当な結論に着地することもできたが、ルソーは突き詰めてその意味を考えたために、『社会契約論』は論争的な書物となった。今日でも絶対的な解が存在しない自由の意味を考える上で、『法の精神』と『社会契約論』は重要な手がかりを私たちに与えてくれる。(全11話中第7話)
時間:10分21秒
収録日:2020年8月17日
追加日:2020年10月31日
≪全文≫

●古代共和政を支えた人間観は近代では時代遅れという問題


 しかし、このような古代崇拝が、これまた『社会契約論』に一つのジレンマを持ち込んでくるのです。それが何かを説明したいと思います。

 結論を先にいうと、両者が依拠する人間観が全く異なるということなのです。ルソーが賛美した古代の共和政を支えた人間観は、人間は生まれながらに共同体で生活しようという自然的な傾向を持つ、というものです。現代風にいえば、人間は本能的に共同生活を送るようにつくられているという考え方です。

 アリストテレスのポリス的動物(zoon politikon)という概念をご存じの方もいるかもしれません。これは、まさに今、指摘した人間観を代表しています。人間はミツバチのように群居する動物だが、ミツバチとは異なり、理性や言語を持っているので、自分たちがあえて選択して一つの政治共同体に生活する。しかし、その政治共同体は、人間が人間としてあるためにもなくてはならないものである、という人間観だったのです。

 しかし、ルソーはそのようには考えていません。自然的人間は孤立して他者には無関心であり、放っておけばいつまでも一人で生活し、家族もつくらない、というのがルソーの人間観なのです。したがって、国家は自然に形成されるものではなく、まさに契約といった人工的な手段でつくりあげなければいけないものである、という発想に至るのです。

 実は、このように国家を自ら契約することによってできる人工物と見なす発想は、トマス・ホッブズという17世紀の政治哲学者が打ち出した考え方であり、ルソーはこの点ではホッブズと同類であるといえます。ホッブズはアリストテレスを厳しく批判して、ナンセンスだと断じた人です。したがって、当然人間観が、全く異なるのです。

 しかし、ルソーは古代の政治にインスパイアされ、一般意志に基づく政治を実現するには、国家において人間が自己利益より共同利益を選ぶ、いわば道徳的存在にならなければならないと信じていました。確かに、国家における人間が、共同利益を喜んで選ぶような道徳的存在であれば、全員直接参加の集会で採決を取っても、一般意志の名に値する共通善を実現する法律が制定される可能性は、大きく高まります。

 しかし、どこにそのような道徳的存在がいるのでしょうか。実際、ルソーは文明社会の人間の堕落を厳しく糾弾する急先...

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