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「一般意志」「特殊意志」「全体意志」の違いを深堀りする

『法の精神』と『社会契約論』を学ぶ【質疑篇】(3)「一般意志」と全体主義

川出良枝
東京大学大学院法学政治学研究科教授
情報・テキスト
ルソー
ルソーは『社会契約論』において三つの異なる意志を定義した。その中でも、特殊意志の総和としての全体意志と、市民全体の共通善を志向する一般意志の間の差異は、重要ながら分かりづらい。一般意志の議論は、ともすれば無謬性を標榜する指導者による全体主義的な指導にも使われかねない危険性をはらむ。一方で、モンテスキューも最低限の正義は認めながらも、基本的には絶対的な正義は存在しないとし、権力に対して徹底的に懐疑的であり続けたという違いがある。講義終了後の質疑応答編3回目。(全11話中第10話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:10:15
収録日:2020/08/17
追加日:2020/11/19
タグ:
≪全文≫

●ルソーの三つの意志の区分


―― もう一点、確認したいことが、一般意志、特殊意志、全体意志の違いです。概念的な話ですので、なかなか理解しづらい面もあると思います。念のために整理すると、一般意志は普遍的な理想や理性的なものであり、特殊意志は個別の要望や欲求、そして全体意志は、特殊意志の総和という説明だったと思います。人間社会には一般意志と特殊意志とが両方存在していて、特殊意志は例えばサラリーマンとしての利益や、農民としての利益など、立場によって変わってくるものであり、それが集まったのが全体意志。それは当然一般意志とは異なるという理解でよろしいでしょうか。

川出 基本的にはその通りだと思います。特殊意志と全体意志は分かりやすいですね。自分の業界のためにこのような法律をつくってほしいと陳情する人々がいることがありますね。そして、比較的多くの人がその提案に賛成すれば、多数決でそのような法律が実現することもあるかもしれない。実際にそのようにして形成される法律は、それなりの数あると思います。

 しかし、ルソーの考えでは、それはまさに特殊意志に発しています。同じような特殊意志を共有する人々が寄り集まり、単なる特殊意志の総和としての全体意志が形成されるわけです。「全体」という言葉が少し分かりにくいかもしれませんが。

 一方、ルソーが考える一般意志の一つ目の条件は、まさにある一つの国において、すべての人が同意し、それを通じてすべての人の利益が実現するという意味で、普遍的かつ一般的であるということです。それだけであれば、それほど複雑な議論ではありません。全国民の意志にかなった、全国民の利益を追求することが一般意志であり、少数であれば法律になりませんが、部分的であれ多数の支持を得ることができればまずは全体意志となります。その違いは分かりやすいと思います。シンプルに多数決で物事を決めるならば、より多くの人が納得すればするほど正当な法律になります。単に量的に考えるのであれば、全体意志は本当にぎりぎり過半数を超えた程度で可決されたものであるのに対し、より多くの国民、理想的にはすべての国民が納得したものであれば、それは一般意志と見なされると思います。


●ルソーの「一般意志」の議論は全体主義へと至る危険性もはらむ


川出 このような議論であれば、多数決原理とそれほど変わらずに話が収まります。しかし、問題はその決定の無謬性や、理性的な意志などの話に向かうと、より複雑になってきます。単により多くの人が納得すれば良いという数の問題ではなく、それを超える一般意志の条件がある、とルソーは考え始めてしまうのです。

 なかなか例を出すのは難しいですが、例えば戦争を起こす際には、ナショナリズムに燃え立った多くの人が「もう戦争しかない」という意見を表明して、多数意見として成立することもあるかと思います。しかし、それは本当に危険で無謀な戦争であるかもしれません。そうすると、確かにルソーが指摘するように、それは全体意志ではあるかもしれないが、一般意志なのか、という疑問が生じます。

 当該政治共同体における真の共通善は何なのかを真摯に考えられるほど、全員が賢ければ良いわけです。そうであれば、一時の感情にあおられて、現代風にいうならばフェイクニュースに騙されて、一票を投じることもなくなります。冷静に熟慮して、さまざまな勉強をして、一票を投じれば良いのですが、なかなかそうはいかないこともあります。

 ですので、一般意志は全体意志とは異なるというのは、非常に重要な論点だとは思います。単なる多数決が正しい共通の利益とはいえないとはいえますが、いざそれを実行するとなると、多数決で決定したことでも認められないとすると、民主政はやはり成立しないのです。その点では、ルソーの一般意志は少し厄介な側面も持っているように思います。

―― 一例としてはロシア革命のときのボリシェヴィキ、ロシア共産党が挙げられるかと思います。前衛主義を取り、私たちの主張は正しいので、国民はついてくるように促す。ある意味、これも先ほどの言葉でいう一般意志に近い考え方かと思います。私たちの主張は科学的なものであり、未来は絶対そのように変わっていくので、国民を先導するという政治思想ですが、そこにもルソーの淵源というとおかしいのですが、一種危険なラインが一本引かれているように感じます。

川出 はい。ルソーに対して批判的な人は、全体主義的な要素を含んでいると指摘します。切り取り方によってはそのような部分もありますね。ルソー自身はおよそそんなことは考えていなかったとは思いますが、そのように読まれてしまう危険性はあります。彼の議論の中心となる一般意志という概念が、単なる多数決とは異なると指摘してしまった部分に、...
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