●米中対立における短期的に考えられる3つのシナリオ
―― これは一種の思考実験といいますか、歴史を振り返っていえば経綸問答になるかもしれませんが、中国としてはこの状況を打破するために、どのように動く可能性があるでしょう。
中西 まず短期的には3つぐらいのシナリオが考えられると思います。端的に申し上げましょうか。
シナリオその1は、アメリカが習近平政権の中国を叩き潰して勝利し、「パックス・アメリカーナ パート3」を再確立する。冷戦終焉でソ連を倒し、今度は習近平中国を倒した。だから「パックス・アメリカーナは永遠なり」というものです。このシナリオがまず考えられます。
2つ目のシナリオは、「いやいや、そうではない。中国は徐々に対米戦略を有利に運び、アメリカの圧力を押し返して、中長期的に中国が世界大国になる可能性を維持しようとする。アメリカはどこかで息切れしてしまう」というものです。
3つ目は、米中いずれも激しく対立し合い、お互い疲弊して世界がしばらくカオス的な状態になり、そこから徐々に多極化が進むというものです。米中いずれが覇権国になるわけでもない、多極世界が生まれていく。ロシアにとって一番望ましいのは、これでしょう。
この3つのシナリオは、日本の選択肢を考えるにも非常に大事で、長期的に考えると第1のシナリオは、あると思います。アメリカが中国を叩き潰し、共産党体制が崩壊するとなると、この場合、その後の中国国内が混乱する可能性があります。ですからアジアの一員としては、これが望ましいシナリオとは思えません。20世紀前半の動乱のアジアになってしまいます。
しかし、2つ目のアメリカの攻勢を中国が跳ね返し、いっそう強大化して世界大国になる道を進むのは、日本としてはそれこそ日本のサバイビング・スペース(生存スペース)がなくなるのではないか。全体主義中国が、こういう道をたどることは好ましいとは言えません。
3つ目のシナリオですが、米中が対立を激化させて、米ソ冷戦でいえばデタント状態をいくつか迎え、両方とも疲弊して世界がカオス化するのも、やはり困ったことです。
今3つのシナリオを中心に考えましたが、米中以外の国々、例えばヨーロッパもイギリスも、あるいはインド、豪州、ASEAN諸国、そしてロシア、日本も含めて、このようなシナリオをそれぞれにらみながら、どんな選択肢があるのか、どれが望ましくて、どれが困ったことになるのか、優先順位、戦略目標を決めていく。そういう大づかみの米中対立の世界を展望すべき大事な時期を迎えていると思います。
●日本が優先すべきは唯一の同盟国アメリカとの関係
―― 今の3つの選択肢とも、実際問題としてなかなか難しいところがあると思います。その中で日本はどうすべきだとお考えでしょう。
中西 日本国家にとって究極の選択であり、困難な問題だと思います。これだけの難しい問題に直面したことはこれまでの日本外交にとってあっただろうか。少なくとも明治以来の日本外交で思い出すのは明治時代の初期です。
北からはロシアが南下してくる。南からはイギリス、フランスといった欧州列強が日本を虎視眈々とにらんでいる。東からはペリー来航以後、アメリカが圧力を加えている。こういう中で維新、文明開化、富国強兵に乗り出していった明治日本。その中でたどり着いた一つの帰結が日清戦争後の三国干渉の時で、三国干渉は絶体絶命の危機だったと思います。
―― 日清戦争後に、ドイツとロシアとフランスが日本に圧力をかけてきたということですね。
中西 それで戦争を仕掛けようとしたのです。「清国から割譲した満洲南端の遼東半島を清国に返還しなさい。言うことを聞かなければ、われわれロシア、ドイツ、フランス3国は、ただちに日本に攻撃を仕掛ける」と言って、日本近海に3国の連合艦隊を送り出してきた。あれはペリー来航以来のギリギリの危機だったと思います。そういう状況に近いほど、米中両国の対立は、日本に難しい選択を迫ると思います。
はっきりさせるべきは、日本にとって中国は第一の貿易相手国、経済的なパートナーとはいえても、アメリカは唯一の同盟国ということです。さらにいえばアメリカは、自由主義、民主主義、そして人権、法の支配という、日本の国家のアイデンティティを成す大きな柱を共有している国です。このアメリカとの関係は、何をおいても優先すべき関係です。
ここで外交戦略として大事なのは、尖閣諸島や南シナ海の問題において、日本は領土問題、あるいは法の支配、国際法の問題などで、中国とは基本的な立場を異にしているということです。言葉はきついですが、国益、主権問題で衝突する、利害が相反する明白な状況があります。この中で日本は、アメリカという同盟国の支援を得て、紛争がこれ以上広がらない...