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ローマの元老院も派閥政治だった?官邸主導の是非を問う

独裁の世界史~未来への提言編(9)ゲマインシャフトとゲゼルシャフトの問題

本村凌二
東京大学名誉教授/文学博士
情報・テキスト
古代ローマやヴェネツィアでは独裁に対抗するための制度設計が進められた。一方、平成の政治改革は政治主導で、官邸機能の強化により派閥が解消された。それはゲゼルシャフトに対するゲマインシャフトの消滅を意味するのだろうか。コロナ禍で急激に進行する「アトム化」は、次世代をどう変えるのだろう。(全10話中第9話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:11:53
収録日:2020/08/07
追加日:2020/12/25
カテゴリー:
≪全文≫

●派閥政治がなくなり、議論をしっかりとする場がなくなった


―― 今回は少し話を変えますが、『独裁の世界史』シリーズで非常に印象深かったのが、まさにローマとヴェネツィアだと思っていました。独裁にならないよう、非常にうまい制度設計をしていった歴史があったからです。それは当然、長い歴史の間でいろいろ変遷はしていくわけですけれど、二つの事例において共通のベースだったそのことが大きく働いた点が、とても印象深かったですね。

 かたや日本の場合、平成に入ってからの政治改革ではどちらかというと政治主導のようなことが掲げられました。例えば官邸機能を強化するとか、ちょっと権力を強めていくとか。見方によると、今まで分立していた権力のどこかを強化するというイメージの強い改革を、もしかすると安易にといいますか、あまり深く考えることもなく進めてしまったのではないかということです。

 その結果から生じた混乱が今の姿になったとすると、ローマやヴェネツィアとはやや様相が違い、逆のベクトルが働いたような感じもします。ローマ、ヴェネツィアと平成以降の日本を比べたときに、何か印象に残るところはございますか。

本村 私自身は現代の政治について、専門に研究をやっているわけではないのですが、御厨貴先生と一緒に対談本(『日本の崩壊』祥伝社新書)を出した時に感じたことがあります。「派閥政治は必ずしも悪くなかったのではないか」と御厨先生はおっしゃいました。

 というのは、派閥政治の中でいろいろな人たちがかなり濃密に政策談義を行っていたからです。その中で、政策の進め方が詳細に練り上げられていったのに、それがなくなってしまった。さまざまな人脈が動いたり、「この派閥から何人出す」などの談合があったため、結局は派閥政治の悪い面だけが捉えられましたが、官邸主義になっていくことで、そうした派閥政治の中で引き止めていた部分がなくなってしまったのは事実です。

 もちろん一方には官僚制という要因もあるので一概には言えませんが、派閥政治によって政治家たちが一つの集団として、自分たちのグループの利権もあるでしょうけれども、それと並行して政策をきちんと議論していたわけです。その場所がなくなったのは、一つの大きな問題ではないかと思います。


●ローマのファクティオとゲマインシャフト


本村 問題は、どういう形でそういう政策集団というものを扱っていくのかです。政党は近代になってできたものですが、前近代のローマにもファクティオ(党派)というものがありました。近現代の日本でいうと派閥で、そういうものは、政治集団の中における「ゲマインシャフト(共同社会)」的なものに当たります。

 政治というのは、大きくなれば一つの「ゲゼルシャフト(利益社会)」になりますが、その中に小さな集団(ゲマインシャフト)としての派閥というものがあり、その中では活発に議論ができるというのです。

 そういう場所がなくなったのが、官邸が大きな力を持つきっかけだった。それを歯止めしていく意味では、派閥的なものをどうやってつくっていくかというのが、御厨先生との対談の中での「派閥は決して悪い面ばかりではなかった」という彼の発言として、非常に印象に残っています。

―― 今のお話で思い当たったのですが、ローマの元老院も言ってみれば派閥政治ですよね。

本村 そう。ファクティオですよ、みんな。完全にそうなんです。

―― いろいろな派閥が中にありますね。

本村 ええ。だから、問題ごとでファクティオができてくるかもしれないけれども、そういうふうにして、基本的には彼らはファクティオと呼んでいて、党派ではないわけです。つまり政党であるわけではなく、意見に応じて、その中で同じ意見の人たちがまたそれを練り合うということがやはりあったのではないかな、と思いますよね。

―― 平成以降の政治改革でいえば、官邸主導にしたと同時に政党助成金の仕組みをつくって、党にお金が入る形にしていきました。今までは「派閥の長がいくらお金を集めてこられるかが命」といったところがあったと思うのですが、今は党が集めてしまうものですから、政治家は誰もがある意味サラリーマン化していったということでしょうか。

 党に頭を下げないとお金が来ない仕組みですから、必然的に昔のような派閥の形が緩くなってしまうところがあると思います。どちらかというと元老院的な気風をむしろ削ぐような形の改革がずっと入ってきたというイメージですね。

本村 そうですよね。そういう意味で、見識を磨いていく場所がなくなったということなのでしょうね。

―― そうですね。


●ウェーバーの「官僚制は現代の宿命」が指すところ


本村 一つ考えたいのは、ちょうど100年前に亡くなったマックス・ウェーバーです。彼は192...
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