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共和政の意味を江戸幕府とローマ元老院の違いから理解する

独裁の世界史~未来への提言編(3)共和政とは何か

本村凌二
東京大学名誉教授
情報・テキスト
独裁、共和政、民主政と並べたとき、日本人にとって理解しづらいのは共和政である。共和政は寡頭政や貴族政に近く、独裁に対して、ある種集団で政治を運営する形が欧米人の考えに基づく共和政だと本村氏は言う。そこで、われわれ日本人にイメージしやすい例として江戸幕府の合議制を取り上げ、ローマの元老院とどこが違うのか、その点を解説していく。(全7話中第3話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:12:03
収録日:2020/08/07
追加日:2020/11/13
タグ:
≪全文≫

●独裁に対抗するシステムとしての共和政


―― 自由の問題はとても重要なので、後ほどまたお聞きできればと思います。独裁、共和政、民主政と並べたときに、だんだん独裁が崩れて民主政になり、民主政が崩れてくるとまた独裁に戻っていくという循環をお話しいただきましたが、ローマでは独裁が崩れたときに共和政に向かったという形になろうかと思います。

 日本人にとって比較的理解しづらいのは、その共和政が一体何なのだろうというところです。独裁と民主政については比較的すぐにイメージがつくと思いますが、共和政はどういうものとして理解すればよろしいでしょうか。

本村 民主政の場合は、民衆の一人一人が直接ないし間接的に政治に関与します。一方、共和政の場合は、寡頭政や貴族政に近いところがありますが、単に民衆から選ばれた人たちが国会議員になって国家を運営するというようなシステムを「共和政」と呼んでいいのかどうかという問題があります。むしろ欧米人の考えでは、共和政はある種の人たちが独裁ではない形で政治を集団で運営することです。

 彼らの歴史には、非常に独善的な独裁政がありました。ローマ人にとってはエトルリア人の支配がそうだったし、前近代においてはフランス革命が起こる時の絶対王政などがそうだったわけです。そうした体制に対して、より集団的な指導体制をもって政治を運営していこうということですから、欧米人の考え方では独裁政に対置するのが共和政ではないかと思います。民主政は、まだその先に出てくることになります。

 しかし、日本で独裁政というと、古くは天皇だったり鎌倉以降は幕府だったりしましたが、思いつく限りそれほどひどい独裁政はなかったようです。そのため、日本はそれに対して、共和政という集団指導体制を持ってきてなんとかしようという発想があまり起こらなかったわけです。


●共和政の典型はローマの元老院


本村 例えば江戸末期でも、将軍の力はもちろんまだ相当ありましたが、当時薩摩藩や水戸藩などから代表者が出てきて、幕府のもとで大老による会議などが行われていました。それが、独裁政に対する一つの日本的な形ではないかと思います。ただ、それはごく小さい集団だったため、共和政とか貴族政といえるものではなく、そうした経験なしにその後すぐ明治になってしまいます。

 明治の頃になると、ヨーロッパでは「選挙で選ぶ」というスタイルが定着しつつありましたから、女性に参政権がないなど問題含みではあったものの、日本もすぐに独裁政に対する民主政を取ることになりました。

 しかし、共和政は集団支配体制によるもので、それが大切だというのが欧米の人たちの考えであり、その典型をローマの元老院貴族に求めます。アレキサンダー大王から2世代ほど経たギリシアは当時ローマと対立しており、ピュロスという王がイタリア半島に使節を送りました。「ローマの元老院はどういうところだったか」と尋ねると、帰ってきた使節は「皆さん、権威のある人たちばかりで、王様が300人いるような場でした」と報告したそうです。

 それがローマの大きくなっていった原因の一つでもあるのでしょうが、ある種の見識を備え、ある種の美徳を身につけた人たちが300人もいるとギリシア人の目には映ったのです。実際にそれほどの数がいれば、いろいろな人がいたでしょうが、ともあれ独裁政に対する集団支配体制として認められていました。

 だから、私は共和政について「寡頭政」や「貴族政」という別の言葉で入れ替えてみたりしたわけです。また、近現代になった今、例えばフランスはフランス共和国、北朝鮮は朝鮮民主主義人民共和国と名乗っていますが、それは、建前上は「独裁政ではない」ということを表すものです。

 古代ギリシアの話に戻ると、ポリスの民主政がかなり堕落した状態になった時、ソクラテスの後に出てきたプラトンやアリストテレスは民主政を支持せず、貴族政ともいえる共和政を支持しました。プラトンにいたってはさらに「優れた王であれば独裁政でいい」と主張するほどでした。彼らは、具体的に民主政が失敗していくのを見た人たちで、その経験から非常に見識ある人たちの集まりによる集団支配体制が有効だと考えるに至ったのです。


●日本の集団合議制と共和政の違いはどこにあるのか


本村 欧米の人たちは、そうした古代からの経験を歴史として培ってきました。われわれ日本人には、そうした経験がありません。だから、独裁政に対してすぐに民主政を置くようなところがあるわけです。しかし、具体的な体制に関しては、集団支配に近い国会を置いています。その国会議員が果たして本当に見識のある人たちなのかどうか。そこが今まさに、いろいろと問題にされているところではないかと思います。

―― 確かに明治時代の日本の場合は、言...
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