●実際に活用されている不便益なモノ
こういう話をすると、「それって、ポジティブシンキングですか?」とか、「昔は良かったねというノスタルジーですか?」と言われることがあります。
確かにここまでの例は、私が後づけ的に「これ、不便益ではないか」と説明しただけなので、そう思われるかもしれません。しかし、実は違います。世の中には、積極的に不便であることをデザインに活用する例がたくさんあります。
例えば、「バリアフリー」という言葉は皆さん聞いたことがあると思います。これに対して、山口県山口市のデイケアセンターでは、「バリアアリー」ということをやっています。
日本語が分かる人なら、「フリー」と「アリー」がダジャレになっているのが分かると思います。これは、あえてデイケアセンターの中に軽微なバリアをしつらえ、入居者の方がそのバリアを超えることで、日々の生活で身体能力の衰えるスピードを経験するという、とても人気な施設だそうです。
このように私は、いろいろなところで人がやったことを勝手に不便益認定して回っています。勝手に不便益認定その2は「足漕ぎ車椅子」です。その名も「Cogy」です。
車椅子は、もともと足の不自由な方のためのものですが、足で漕げとはどういうことなのでしょうか。なんと不便な製品だと最初私は思いました。しかしよく聞いてみると、車椅子のユーザーは片足しか動かないとか、力が弱まってバランスが取れないだけの方もいらっしゃいます。そういう人たちにとって、自分の足で移動できるということは、電動で勝手に動いてくれることよりもクオリティ・オブ・ライフを上げるため、喜ばれるのだそうです。
さらに、この写真のペダルのところを見てもらうと、ソケットが付いています。オプションでソケットを付けることができるそうなのですが、両足を挿して漕ぐと、動く方の足で漕いだときに動かない方の足もつられて動くようになっています。それによって、動かない方の足を司る脳の部位に反応が戻ったという報告があるそうです。これはリハビリにも使えるのではないかといわれています。
勝手に不便益認定その3は「デコボコ園庭」です。園庭をデコボコにして、園児をこけさせようと画策する園長先生がそこそこいらっしゃいます。少しウェブでサーチしただけでも、この3つぐらいの幼稚園が見つかりました。
園庭というのは、平らなほうが移動するには便利です。しかし、園児たちは、園庭を移動したいのではなくて遊びたいので、デコボコにすることによって、平らなときには思いつかなかったような新しい遊び方が思いつきます。そのため園長先生たちは、「園児たちはデコボコ園庭にしたほうが生き生きした」と語っています。
●モチベーションとスキルが相互向上
このように、いろいろ探してみると、不便で良かったモノも見つかりますが、モノだけではなくてコトもあります。
私が不便益の事例を探し始めたのは、二十数年前です。この頃は、セル生産方式を導入するメーカーが相次ぎました。これは、複雑な製品を1人または数人で寄って集って組み立てる方式です。よく知られるライン生産方式の分業制と比べると生産効率も下がるし、要求される技能も複雑になります。つまり、難しくなり、不便なのです。それを組み立てる作業をする人にとっても不便だし、生産効率が下がればメーカー的にも不便です。
ところが、この生産方式を導入するメーカーが相次ぎました。なぜかと問うと、メーカーとしては「多品種少量生産に柔軟に対応するため」と答えます。しかし、実際にそこでアセンブルしている人たちに聞くと、「あの軽自動車を私は自分1人で組み立てられるんだ」「あの複雑な複合機を私は自分1人で組み立てられるんだ」と答えます。ということで、モチベーションが上がるのです。そして、モチベーションが上がるとスキルも上がるそうです。上手になっていくのです。上手になると、さらにモチベーションが上がります。ということで、モチベーションとスキルが相互に向上し合う関係が生まれるのだそうです。
私は、「不便益」というときには、「多品種少量生産への対応」という形のそういう客観的な話だけではなく、もっと注目したいのは、こういう人までをその系、システムに組み込んで、見て取るときに得られる益、すなわち「モチベーションとスキルの相互向上」に注目したいと思っています。
●「行きにくい」という不便を逆手に取る
モチベーションに関していえば、観光学のほうでも不便益を取り入れた考えがあるそうです。「行きに...