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●タンパク質医薬の優れた特徴
―― 続きまして、タンパク質がどのように身体に働いていくのか、またその詳しいメカニズムについて教えていただきたいと思います。
内田 はい。こちらですね。
このタンパク質は特定のタンパク質とだけ相互作用する特徴を持っています。ここで青、赤、黄、緑という4種類のタンパク質があったとします。この青のタンパク質は、赤や黄のタンパク質とはあまり形が合わないので、安定に結合していることはできません。しかし、この緑のタンパク質とはちょうど形が合っていて、フィットします。したがって、緑のタンパク質とだけ安定に相互作用します。このように、特定のタンパク質とだけ相互作用ができる点は、生命機能を維持する上でも重要であり、医薬品としても優れた特長です。
例えば、こうして緑のタンパク質のような特定のタンパク質とだけ相互作用することによって、緑のタンパク質が実際に担っている生体内のプロセスにちゃんと介入することができます。また、他の意図しないタンパク質とは相互作用しないので、副反応も起きないと考えられます。
では従来の医薬品はどうだったかというと、実は「低分子薬剤」といって、タンパク質よりもっと小さい分子が薬として用いられていました。こういった小さい分子を使うと、さまざまなタンパク質にくっついてしまうので、高度な機能を担うことはできず、副反応が起きてしまう懸念もあります。
●タンパク質医薬の歴史
内田 このタンパク質医薬の歴史について簡単に説明します。タンパク質医薬は1980年代初頭にインスリン製剤が実用化されたのを皮切りに、特に2000年以降、「抗体医薬」というのが、がんやリウマチなど、さまざまな病気に対して応用されるようになりました。今やこの抗体医薬は現在の医療になくてはならないものです。
右上に実際の世界医薬品売上上位トップ10を示しています。そのうち、なんと7品目がこのようなタンパク質医薬という状態です。ただ、このタンパク質医薬にはまだまだ問題があります。
製造や精製の過程が非常に煩雑で、そのために経済的コストがかかる他、そうして高いお金をかけて実際投与しても、ヒトに投与すると速やかに代謝されて、効果が消失することが挙げられます。
さらに、この細胞というのは実は油でできた二重膜、すなわち脂質の膜で覆われているのですが、実はこのタンパク質医薬はこの脂質の膜を乗り越えて細胞内に入っていく過程が非常に困難です。そのため、実は現在実用化されているタンパク質のほとんどは、細胞の外にあるタンパク質です。
これに対してDNAやmRNAを医薬として使って、このDNAやmRNAを細胞に入れて、細胞の中からタンパク質を作ることが現在試みられています。こうすることによって、細胞内で働くタンパク質に応用でき、また持続的にタンパク質を作り続けることもできます。
●mRNAが注目されている理由
内田 では、どうやってこのようなDNAやmRNAを細胞の中に導入するかというと、初めは天然の遺伝子の運び屋であるウイルスを使います。このウイルスに治療用の遺伝子を組み込み、それを身体の中に送達することが行われてきました。
ただ、このウイルスは実は非常に経済的コストが高い他、ウイルスに対する抗体ができてしまうと効果が減ってしまい、実は繰り返し投与していると効果がどんどん減ってきます。さらに、このウイルス自体が組織を傷つける可能性もあります。また、ウイルスのDNAが人の遺伝子のDNAの中に入り込み、ヒトの遺伝子を傷つけてしまう可能性も考えられています。
一方で、ウイルスを用いずにDNAを入れる方法も検討されてきました。ただ、実はDNAは細胞の核の中に入らないと効果を示さないのですが、ウイルスを使わずにDNAを細胞の核の中に入れる過程は非常に大変で、それが大きな課題となっています。さらに、やはりDNAなので、同じ核にあるヒトの遺伝子のDNAを傷つけてしまう可能性もゼロではありません。
これに対して、mRNA医薬が最近注目されるようになりました。このmRNA医薬は細胞の核の中に入らなくても、効果的にタンパク質を作れるのが特徴です。かつ、一定期間タンパク質を作ったら、そのまま勝手に身体の中の機構で分解されるので、身体に蓄積せず、原理上はヒトの遺伝子を傷つけるリスクはありません。
これは蛍の発光タンパクですが、実際にこのmRNAを用いて、この発光タンパクをマウスにmRNAの形で投与して、実際にマウスの中で光っているかを見たのが右下の図です。実際に脳や脊髄、肺、肝臓など関節に対してmRNAをきちんと導入できることが確かめられています。


