●1950年代に分かった「脳の自発的活動」としての睡眠
―― 西野先生、今回は「睡眠はそもそもなぜ必要なのか」というお話をうかがいたいと思いますが、人間というのはなぜ寝るのでしょうか。
西野 夜は非活動期ですから、そのときに睡眠を行うということは、結局は日中の活動を上げて健康な生活を送るということだと思うのですね。
私の専門は睡眠医学なのですが、睡眠医学というのは非常に歴史が浅いものです。例えば1950年の時点では、睡眠はあまり大した役割をしておらず、「疲れを取る」「眠気の放出」程度のこととしか思われていなかったのです。
ところが、そこから二つの大きな発見があります。一つは、それまで睡眠は受動的なもので、部屋が暗かったり音がなかったりすれば勝手に眠ってしまうと考えられていました。ところが動物実験で、「感覚遮断」といってそうした音が聞こえない、光が感じられない状態にしてみても動物は寝ることがなく、むしろ脳のある部位の活動を止めるようなことをすると、寝たような状態に達することが分かりました。
今では当たり前のことなのですが、睡眠は脳の自発的な行動であり、脳のある部位が覚醒を維持するために活動を続けなければいけないということが分かりました。つまり、その活動が減絶すれば睡眠が引き起こされるということです。それが分かったのが、70~80年前です。
●「レム睡眠」の発見と記憶を整理する役割
西野 ほぼ同じ頃に、レム睡眠の発見がありました。レム睡眠の発見というのは現象の発見です。その発見は、アメリカでも日本でもですが、日本では東京大学の時実利彦先生、フランスではリヨンのミッシェル・ジュべー氏、アメリカはシカゴ大学のユージン・アセリンスキー教授とナサニエル・クレイトマン教授、そしてウィリアム・C・デメント氏です。
彼らの業績により、寝ているときにも起きているときと同じように脳が活発に動いて夢を見るような睡眠があることが1950年代に分かったのです。
それからは盛んに「レム睡眠の役割」ということが研究されます。なぜそういった睡眠があるのか。その中から、レム睡眠が脳を活発にさせる、夢を見させる、その間に記憶を整理して定着させるということが分かってきました。
この発見により、それまで睡眠にあまり興味のなかった神経科学者たちが、睡眠研究に興味をもち始めます。そこから、いろいろなことが解明されてきたのです。
記憶については、定着するだけでなく、嫌な記憶を消し去ることにも睡眠は関わります。最初はレム睡眠が強調されたのですが、記憶にはいろいろな過程があります。例えば新しい情報は海馬に入って、海馬から大脳皮質へ入り、記憶として定着する長期記憶になっていきます。
そのようにいろいろな過程があるので、レム睡眠だけではなく入眠初期の深い睡眠も大脳皮質へ情報を伝達するときに役立っているし、浅い睡眠でも記憶の整理に関係している。そういったことがレム睡眠の研究を通じて分かります。
●ホルモンや自律神経、免疫と睡眠の関係
西野 その後、1960~70年代になって、睡眠中にホルモンバランス、自律神経を整えるということが出てきます。一つ有名なものは、成長ホルモンです。成長ホルモンについては、日本人の高橋康郎先生(東京大学)が米国に留学中の1968年に、入眠直後の深い睡眠で放出されるということを報告されました。
成長ホルモンは、子どもの発育(身長・骨が伸びる)に関与しています、もちろん大人や老人でも分泌量は減るものの、分泌されています。だから免疫にも関わるのですが、新陳代謝、身体の修復を行うホルモンです。そういったものが、睡眠中には放出されます。
それから、起きているときは交感神経活動が高いのですが、寝ているときには副交感神経が優位になって、休息やリラックスをもたらす。そういったことも身体には有用で、それが起こらないと、睡眠中に例えば脳出血や脳梗塞、虚血性心疾患などが起こりやすくなります。
最近の話題であるコロナにも関係しますが、睡眠中に免疫が増強されることも分かってきました。コロナ以外にも、アメリカの場合、季節性インフルエンザで35パーセントぐらいの人がワクチンの接種を受けています。ところが毎年6万人ほどが亡くなられていたので、対策がいろいろ考えられる中、睡眠が大事だということが言われるようになりました。
きちんとした睡眠をとらないと、風邪やインフルエンザにもかかりやすくなります。また、不幸にも感染した場合、回復が遅れる。さらにワクチンを打つことで抗体が得られるのですが、きちんとした睡眠をとっていないと、ワクチンの「獲得免疫」効果も獲得できないことが分かってきているのです。
●脳の老廃物を除去する「グリンパティック・システム」
西...
(西野精治著、PHP新書)