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選挙運動にも利用されていた剣闘士興行

江戸とローマ~花見と剣闘士(3)剣闘士興行と戦車競走

本村凌二
東京大学名誉教授/文学博士
情報・テキスト
剣闘士興行は円形闘技場で行われていたが、そのための施設がローマ帝国内に300ほどもあったといわれる。また、戦車競走は年に十数回、剣闘士興行は春秋の数十回。開催日は祝日となり、庶民は心待ちにしていたという。主催者は皇帝から地方の名家までさまざまで、選挙運動の一つにも使われたらしい。(全7話中第3話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:09:13
収録日:2021/05/24
追加日:2021/11/29
≪全文≫

●ギリシア時代の劇場を改造して闘技場にしたローマ人


本村 ローマ帝国の東のほうはギリシア文化が根づいているところで、ギリシア人が生活していた古い時期から劇場が発達していました。しかし、ローマ時代になると、ローマ人はあまり観劇を好まず、特にギリシア悲劇のようなものは好きではなかったので、だんだん興行されなくなります。

 (悲劇を)好まないと言いましたが、なかったわけではありません。ローマ人の好きなコメディと比較すると、楽しむ人が少ないという感じですね。

―― なるほど。

本村 中心は「ローマ喜劇」といっていいかと思いますが、それでもギリシア人が楽しんだような形で劇場を楽しんだわけではありません。ローマ帝国の中に編入されていくにしたがって、だんだん剣闘士興行がギリシアでも盛んになってくるのです。

 劇場は半円形ですが、下半分のところは本来なら身分の高い人たちが観るような場所に充てられていました。そこをつぶしてしまって、剣闘士興行の場所にしてしまうようになっていきます。

―― 劇場を、ですか。

本村 はい。それははっきり分かります。スタンドが始まるところの壁が高くなってきていて、改装されているのが分かる。今、ギリシア世界の全土に残っている劇場を見ると、ほとんどがローマ時代に入ってそういう改良を施されたものです。本当にかわいそうなぐらい、ギリシア人のオリジナルな形が残っていません。

 東の方ではそういう形で利用されたのではないかといわれています。西のほうでは、ローマ人が入り込んでいく先々でそういうものを最初から造っていく。そういう形で、とにかく少なくとも300以上のものがあったといわれています。

―― 時代によって違うだろうと思いますけれども、戦車競走や剣闘士興行の開催頻度というのはどのくらいだったのでしょうか。

本村 はっきりしたことは分かりませんが、シーズンは春と秋です。真夏と冬の期間は、剣闘士はほとんど行われませんでした。

 戦車競走が行われる場合、それは大都市部ですし、剣闘士に比べれば大掛かりなものですから、年に数回の開催だと思います。多くても年に十何回、ただし行うとなれば3日か4日はまとめてやったのだと思います。

 そういう日は祝日になっているわけです。それが極端なことになったのが紀元2世紀のマルクス・アルレリウスのときで、「祝日をもうこれ以上増やすな」という規制が出たりする。もう1年のうち半分ぐらい祝日になっていたわけです。

―― 半分も祝日なのですね。

本村 だからといって別に、剣闘士興行などを必ずやっているというわけではない。要するに日曜日で、みんな基本的に仕事をしたくないわけだから、そういう形になった。剣闘士興行が年に数十回、それから戦車競走ならば年に十数回とか、そんなものだったのではないかと思います。


●賭けの対象にされた剣闘士と「スパルタクスの反乱」


―― 今の日本では、競馬を始めとする競走の楽しみの一つに賭け事的なものがあります。当時のローマ庶民の場合、戦車競走はどのように楽しんだのでしょうか。

本村 それは、単純に勝ち負けでやっていたのではないですか。中央競馬会のような公式の賭博システムがあったわけではないので、互いに賭けたわけですよ。横にいる人間とか、友達どうしで行って「お前はどっちが勝つと思う?」とか「後、先」とかというふうに。

 戦車競走の場合は4組立てになっていたので、それこそ連勝複式でやっていた人たちもいるかもしれませんが、全くプライベートな部分だから、ほとんど資料が残っていないのです。

 多分勝ち負けで、互いに例えば1万ずつ出して、勝った方が総取りできるとか。剣闘士の場合も同様に、どちらが勝つかでしょうね。それから、あるところでは「オッズ」が出てくるんですよ。

―― オッズがあるわけですね。

本村 オッズというか、それは勝手にやるわけです。剣闘士の場合、2人で闘うと「だいたいこっちが勝つんじゃないか」というのが定説としてあるわけです。例えば、興味深いのは左利きで、当時も右利きが多かったらしく、左利きがいるとやはり強い。つまり、左利きを苦手とする剣闘士が多くて、左利きが勝つ可能性が高いということがいわれたりしたわけです。

―― 合計すると数十回と十数回ということですから、月に何回かは必ずそういうものがあった。

本村 そうですね。

―― 特に冬は行われないということになると、ハイシーズンには相当な頻度だったことになりますね。

本村 「冬に(剣闘士興行は)ない」ということでは、剣闘士の場合、典型的にそうです。彼らは秋に1シーズンが終わると、来年の春までは元気でいられるという安堵感があったらしいです。

―― それは笑うに笑えない話ですね。

本村 だから、「スパルタクスの...
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