●常日頃からキャリアについて考えることが大事
―― プロティアンという考え方の場合、カメレオン型ではなく本質が変わっていくというお話を最初の講義でお聞きしました。今まで、変わっていくといえば「結局、転職だよね」というイメージがあったと思います。ところが、先生のお考えでは変わっていくこと=転職ではなく、要は自律してキャリアを自分に取り戻すということですね。
そうなると、たとえ同じ会社にずっといたとしても、会社から「これをやりなさい」「あれをやりなさい」と言われたメニューだけをやるのではない。その会社にいる前提、自分の仕事にどう生かせるかという視点で、前回いわれた朝活などの外の交流を行い、知見を深めていくというイメージが近いのでしょうか。
田中 そうです。これは今、本当に重要なポイントだと思いますが、キャリアはいつ考えるものでしょう。普通は転職する直前に考えます。これは、「キャリアの非日常」だと私は思っています。仕事があって、「このままでは、どうだろう。転職しようか」というときだけ「これからのキャリアはどうしよう」というのは、常日頃からキャリアを考えていないということなのです。
私自身がプロティアン・キャリアでお伝えしているのは、「常日頃からチェックしていいのではないか」ということです。私など、最近はよく医療系の論文を読んでいますが、なぜかというと、年に一度の健康診断で少し数値が悪いと思えば気になるからです。キャリアもそれと同様で、常にコンディション・チェックを行い、日常的にトリートメントするのが大切だと思っています。
これからの1年、3年、5年というふうに刻めば、その中には一つのアクションとして、結果的にキャリア選択として「転職」を迎えることもあるかもしれない。しかし、キャリア形成の観点でいうと、これまでは30年、40年のスパンだったのが、それ以上に長くなっていく。これを踏まえると、やはり持続可能な形、皆さんそれぞれのリズムでいいから、キャリア形成を継続していってほしいと思うわけです。
●キャリア形成に重要な「二つのA」
田中 プロティアン・キャリアによるキャリア形成の重要なポイントとして、皆さんにお伝えしておきたいことが二つあります。
スライドを準備しましたので、「二つのA」と覚えてください。一つは「アイデンティティ」、もう一つは「アダプタビリティ」です。
これがシンプルながら非常に重要で、アイデンティティは皆さんが「自分らしくある」ことです。組織の中で、自分らしく働けているかどうかを問うてみる。ただ、これだけでは駄目で、もう一つのA、すなわち「アダプタビリティ」です。この二つのかけ算が「プロティアン」になるところに、私は非常にシンパシーを持っています。 アダプタビリティは変化に適合する力のことですが、つまり「自分らしくある」といっても、組織の中で「私の仕事はこういうことであり、そこで強みを発揮できるから、これしかやらない」という人は、なかなか組織の中で昇進していかないと思うわけです。なぜならば、組織が求めていることと皆さんの強みがずれることもあるかもしれないからです。
そうしたときにプロティアンでは何をするかというと、「アイデンティティを生かしながらアダプトしていく」、つまり今までやったことのないことでも「分かりました。チャレンジしてみます」と言うようにします。
企業が今設けている新人材戦略でいうと、「公募制」や「フリー・エージェント」などは、まさにその制度です。若手、ミドル、役職定年後のいつからでもいいから、新しいチャレンジをしたいとなれば、「チャレンジします」と手を挙げ、大きな組織の資源を生かしてチャレンジするわけです。手挙げしてチャレンジすると新しいことが求められるから、それに向けてアダプトしていく。こういう変化、変幻自在がプロティアン・キャリアの骨格部分だろうと考えています。
●キャリアは人間としての可能性を広げていくためにある
―― 今言われた「アイデンティティとアダプタビリティ」について、実際にそれをやっていくことになった場合、どうするのがいいのか。先ほど社会関係資本の話がありましたが、外の方と相談できたり助けてもらえたりするような関係をつないでおくと、非常に自分らしく、しかも変化を生かすということが有効に行えそうな感じですね。
田中 そうです。「プロティアン・キャリアを皆さんに本当に習得していただきたい」「こんな考え方があるのだな、と納得してほしい」と心から思うのは、「自分らしくあっていい」ことと「変化に適合する」ことをキー・コンピテンシーにしているからです。
キャリアというのは、本当はわれわれにとって人間としての可能性...