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『源氏物語』の名脇役・明石の入道の紅涙を絞る名場面とは

『源氏物語』を味わう(5)脇役の存在と「もののあはれ」

林望
元東京藝術大学助教授
概要・テキスト
いい映画には名脇役の存在が欠かせないように、『源氏物語』にも味のある脇役がいろいろと出てくる。その一人が明石の入道だ。地方官だが、いずれ都で大きな権力を得たいと思っている彼は、そのために妻も娘も孫も都にいる光源氏のもとへ行かせ、自分は一人明石に残る。家族との別れの日の朝は、「もののあはれ」ともいえる、さりげないけれど名場面の一つである。(全8話中第5話)
時間:14:30
収録日:2022/02/22
追加日:2022/07/18
≪全文≫

●妻は皇族の孫


 こんにちは。では『源氏物語』のお話を続けましょう。

『源氏物語』は登場人物がものすごくたくさんいますが、その一人一人に際立った個性があります。同じような人が二人と出てきません。このあたりが、本居宣長などがたいへん褒めているところです。『水戸黄門』のようなステレオタイプの話だと、善玉・悪玉は決まっています。悪玉の悪代官と腹黒い商人がいて、キンキラキンの袴を履いた悪代官が袖の下を取るなどと、だいたい決まっているのです。(『源氏物語』には)そのようなステレオタイプの人物が全然出てこない。一人一人が本当に生きている人間のように別々に書き分けられている、と述べています。

 そうしたことが一流の文学の証です。千年も前に、ここまで人物をよく観察して、一人一人描き分けた。その才能や力は奇跡に近いと、私は思います。

 そこで今回は、『源氏物語』のいわゆる主人公たちとは別に、脇役も見てみましょう。

 いい映画には男の主人公、あるいは女の主人公の他に、いい脇役が出てきます。例えばかつては志村喬や宇野重吉といった名優が脇役を演じていました。すると、映画もたいへん味わいが出てきます。『源氏物語』にも、なかなか味のある脇役が出てきます。その中の一人、明石の入道(あかしのにゅうどう)についてお話をしてみようと思います。

 明石の入道はもともと大臣の家柄でしたが、少し偏屈で人と折り合いが悪く、宮中での折り合いも悪い。そのため近衛中将(このえのちゅうじょう)という高い地位を得ながら、わざわざ捨てて、自ら望んで播磨守という受領(ずりょう)、つまり地方官に格下げしてもらい、播磨国に下っていった。そんな変人奇人、偏屈者として出てきます。

 受領とはどういうものかというと、この時代の受領は地方官ですが、その地方の殿様のようなもので、いろいろと収入がたくさん入ってきます。地位は低く中級の貴族にすぎませんが、お金はすごくあります。これが日本社会の面白いところで、地位の高い人が必ずしもお金持ちではないのです。地位の高い人はそれだけ経費もかかるので、貧乏で借金だらけだったりもします。ところが、受領は中央の目が届かないところで好きなだけ蓄財ができるので、その多くが大変な大金持ちです。

 さて、彼には明石の君(あかしのきみ)という...
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