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光源氏の最愛の人・紫上、幸不幸が反転する激動の後半生

『源氏物語』を味わう(7)光源氏の裏切りと紫上の救済

林望
作家・国文学者
概要・テキスト
光源氏の最愛の人だった紫上の一生は、幸福と不幸があざなえる縄のようにやって来るものだった。10歳で源氏のもとへ連れてこられたが、手厚くかわいがられて育った。源氏が明石の君とのあいだに子どもをなしたのは紫上にとって裏切りではあったが、源氏にとっては、そのことが逆に紫上こそ一番愛すべき人だと確認することにつながるのである。(全8回中第7話)
時間:11:49
収録日:2022/02/22
追加日:2022/08/01
≪全文≫

●紫上にとって光源氏のもとに連れてこられたのは一つの幸福


『源氏物語』の深読みの巻ですが、今日は一番大事なことをお話ししようと思います。紫上(むらさきのうえ)についてお話をします(編注:今回から2話に分けて)。

 紫上は按察使の大納言(あぜちのだいなごん)の孫にあたります。按察使の大納言の娘が紫上の母で、『源氏物語』の中ではすでに死んでいます。仕方ないので按察使の大納言の北の方にあたる尼君(あまきみ)という、お祖母さんが紫上を育てています。

 光源氏はマラリアに罹り、自分の兄にあたるお坊さんの祈りで治してもらおうと、兄のいる北山にやって来ます。そして山の上から眺めていると庵を見つけたので、面白そうだと覗きに行きます。これは「垣間見」といって、『源氏物語』にはそうした覗きがしょっちゅう出てきます。

 すると、すごくかわいらしい女の子を見つけました。10歳ぐらいのこの少女を見て、「このかわいらしい少女は大きくなったら、どんなに美しいだろう」と思います。結果からいえば、藤壺(ふじつぼ)の姪にあたるので、そこに惹かれて引き取ります。源氏は一方的にこの女の子を見そめて、親の承諾も得ないで連れて来たのです。つまり、紫上は源氏に対して何の愛情もない、非主体的な関わり方なのです。ただし、誰も気がつかないうちに源氏に連れてこられたのは、一つの幸福でもあります。ある意味、源氏のやり方はひどいけれど、いろいろな男の目に触れないうちに源氏の庇護下に入り、源氏に本当に手厚く、手の中の玉のようにかわいがって育てられたのですから。そのように紫上の一生は、幸福と不幸があざなえる縄のように表裏一体になっているのです。

 そして(第4話で)少し読みましたが、新枕(にいまくら)はというともうびっくり仰天で、「こんなにいやなことはない」と思うのです。非常にかわいそうといえばかわいそうですが、これは紫上だけではなく、多くの場合、そういうことだったでしょう。この時代の女性は12~13歳で結婚して子どもを産むことも多いわけですし、本当に恐ろしいことですが、ずいぶんの人がお産で命を落としました。よって、『源氏物語』でお産は薄気味の悪いこととして描かれています。

 しかし(紫上は)不妊でした。これはとても不幸なことですが、不妊で子どもがいなかったために、明...
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