●夕顔のかわいらしさは「らうたし」
では『源氏物語』の楽しみ方のお話をします。今日は少し専門的というか、やや古文解釈的なお話をしたいと思います。
(紫式部は)非常に非凡な才能を持っていて、『源氏物語』はストーリーテリングとしてストーリーの展開だけで見てもすごく面白いですが、それだけではありません。ストーリー全体をマクロな面白さとすれば、非常に微細な表現の妙ともいえるミクロな面白みもあります。これが『源氏物語』を一流の文学たらしめている所以ではないかと思います。
今日はその一つの例として、形容詞の使い方についてお話しします。『源氏物語』では形容詞が非常にセンシティブに使われています。例えば女の人の魅力にしても、いろいろあります。同じ「美しい」でも、ただ単に美しいというだけでなく、「らうたし」という形容詞もあります。「らうたし」は夕顔や宇治の中君(うじのなかのきみ)によく使われ、特に夕顔に最も使われます。
「らうたし」は子どものようなかわいさや、ちょっと病弱だったり、弱々しい人に対するかわいさです。いたわってあげたい、どうしても手を添えてあげたくなるかわいらしさが「らうたし」です。夕顔はその意味で、ちょっと弱々しいところがあり、男としては何かしてあげたい。それが「らうたし」です。
だから夕顔は、死んでからその死体の表現もみな「らうたし」と書いてあります。死体をかわいらしいというのは、よほどのことです。
正妻の葵上には「うるはし」という形容詞が使われています。「うるはし」は、まったくかわいげがありません。完全無欠な完成さのことです。そのように一人一人を表現するにあたり、形容詞をうまく使い分けているのです。
●「きよら」と「きよげ」の使い分け
そうした中で一つの例として、形容動詞「きよらなり」の「きよら」と、形容動詞「きよげなり」の「きよげ」の使い分けについて、お話ししたいと思います。
いずれも「清らかである」「汚れがない」を指す「きよし」という形容詞の語幹「きよ」に付けたものです。「ら」という状態を示す接尾語が付くと、「きよらなり」という形容動詞を形成します。
この「ら」と「げ」の違いが非常に大きく、沖縄語で「美ら海」(ちゅらうみ)という言葉があります。あの「ちゅら」は、「きよら」が訛った「ちゆら」のことです。沖縄の海は本当に...