この講義シリーズは第2話まで
登録不要で無料視聴できます!
『源氏物語』を味わう
美しい形容詞の使い分け…『源氏物語』の表現を味わう
『源氏物語』を味わう(3)形容詞からの楽しみ方
芸術と文化
林望(作家・国文学者)
『源氏物語』はストーリーだけでなく、文章にも微細な表現の妙がある。その一つが形容詞の使い方で、人物によって形容詞を使い分けている。さらに同じ光源氏でも、批判的な意味を込めたいときには使う形容詞を変えているのだ。そこで今回は「きよら」と「きよげ」という形容詞に注目し、その違いを謹訳と原文で読み解く。(全8話中第3話)
時間:12分17秒
収録日:2022年2月22日
追加日:2022年7月4日
収録日:2022年2月22日
追加日:2022年7月4日
≪全文≫
●夕顔のかわいらしさは「らうたし」
では『源氏物語』の楽しみ方のお話をします。今日は少し専門的というか、やや古文解釈的なお話をしたいと思います。
(紫式部は)非常に非凡な才能を持っていて、『源氏物語』はストーリーテリングとしてストーリーの展開だけで見てもすごく面白いですが、それだけではありません。ストーリー全体をマクロな面白さとすれば、非常に微細な表現の妙ともいえるミクロな面白みもあります。これが『源氏物語』を一流の文学たらしめている所以ではないかと思います。
今日はその一つの例として、形容詞の使い方についてお話しします。『源氏物語』では形容詞が非常にセンシティブに使われています。例えば女の人の魅力にしても、いろいろあります。同じ「美しい」でも、ただ単に美しいというだけでなく、「らうたし」という形容詞もあります。「らうたし」は夕顔や宇治の中君(うじのなかのきみ)によく使われ、特に夕顔に最も使われます。
「らうたし」は子どものようなかわいさや、ちょっと病弱だったり、弱々しい人に対するかわいさです。いたわってあげたい、どうしても手を添えてあげたくなるかわいらしさが「らうたし」です。夕顔はその意味で、ちょっと弱々しいところがあり、男としては何かしてあげたい。それが「らうたし」です。
だから夕顔は、死んでからその死体の表現もみな「らうたし」と書いてあります。死体をかわいらしいというのは、よほどのことです。
正妻の葵上には「うるはし」という形容詞が使われています。「うるはし」は、まったくかわいげがありません。完全無欠な完成さのことです。そのように一人一人を表現するにあたり、形容詞をうまく使い分けているのです。
●「きよら」と「きよげ」の使い分け
そうした中で一つの例として、形容動詞「きよらなり」の「きよら」と、形容動詞「きよげなり」の「きよげ」の使い分けについて、お話ししたいと思います。
いずれも「清らかである」「汚れがない」を指す「きよし」という形容詞の語幹「きよ」に付けたものです。「ら」という状態を示す接尾語が付くと、「きよらなり」という形容動詞を形成します。
この「ら」と「げ」の違いが非常に大きく、沖縄語で「美ら海」(ちゅらうみ)という言葉があります。あの「ちゅら」は、「きよら」が訛った「ちゆら」のことです。沖縄の海は本当に...
●夕顔のかわいらしさは「らうたし」
では『源氏物語』の楽しみ方のお話をします。今日は少し専門的というか、やや古文解釈的なお話をしたいと思います。
(紫式部は)非常に非凡な才能を持っていて、『源氏物語』はストーリーテリングとしてストーリーの展開だけで見てもすごく面白いですが、それだけではありません。ストーリー全体をマクロな面白さとすれば、非常に微細な表現の妙ともいえるミクロな面白みもあります。これが『源氏物語』を一流の文学たらしめている所以ではないかと思います。
今日はその一つの例として、形容詞の使い方についてお話しします。『源氏物語』では形容詞が非常にセンシティブに使われています。例えば女の人の魅力にしても、いろいろあります。同じ「美しい」でも、ただ単に美しいというだけでなく、「らうたし」という形容詞もあります。「らうたし」は夕顔や宇治の中君(うじのなかのきみ)によく使われ、特に夕顔に最も使われます。
「らうたし」は子どものようなかわいさや、ちょっと病弱だったり、弱々しい人に対するかわいさです。いたわってあげたい、どうしても手を添えてあげたくなるかわいらしさが「らうたし」です。夕顔はその意味で、ちょっと弱々しいところがあり、男としては何かしてあげたい。それが「らうたし」です。
だから夕顔は、死んでからその死体の表現もみな「らうたし」と書いてあります。死体をかわいらしいというのは、よほどのことです。
正妻の葵上には「うるはし」という形容詞が使われています。「うるはし」は、まったくかわいげがありません。完全無欠な完成さのことです。そのように一人一人を表現するにあたり、形容詞をうまく使い分けているのです。
●「きよら」と「きよげ」の使い分け
そうした中で一つの例として、形容動詞「きよらなり」の「きよら」と、形容動詞「きよげなり」の「きよげ」の使い分けについて、お話ししたいと思います。
いずれも「清らかである」「汚れがない」を指す「きよし」という形容詞の語幹「きよ」に付けたものです。「ら」という状態を示す接尾語が付くと、「きよらなり」という形容動詞を形成します。
この「ら」と「げ」の違いが非常に大きく、沖縄語で「美ら海」(ちゅらうみ)という言葉があります。あの「ちゅら」は、「きよら」が訛った「ちゆら」のことです。沖縄の海は本当に...
「芸術と文化」でまず見るべき講義シリーズ
ピアノの歴史は江戸時代に始まった
野本由紀夫
人気の講義ランキングTOP10
「国際月探査」とは?アルテミス合意と月探査の意味
川口淳一郎
狩猟採集生活の知恵を生かせ!共同保育実現に向けた動き
長谷川眞理子