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『源氏物語』紫上の死…紫式部が描くもっとも幸せな最期

『源氏物語』を味わう(8)最愛の人・紫上に対する鎮魂歌

林望
作家・国文学者
概要・テキスト
光源氏の正室・女三の宮は、頭中将の息子・柏木とのあいだに不義の子を産むことになる。源氏は女三の宮を女として顧みることなく、ここでも紫上は最終的に救われる。やがて死を迎える紫上だが、何の苦しみもなく、源氏をはじめ愛する人たちに囲まれて死んでいく。こんな幸せな死に方をした女性は、他には出てこない。紫上の死後、源氏は腑抜けになってしまうのだが、このこともこれ以上ない紫上に対する鎮魂歌である。(全8話中第8話)
時間:08:47
収録日:2022/02/22
追加日:2022/08/08
≪全文≫

●女三の宮が不義の子を産んだことで最終的に救われる紫上


 しかし、女三の宮(おんなさんのみや)には、頭中将(とうのちゅうじょう)の息子の柏木(かしわぎ)が無理やり言い寄ってきます。6年前だったでしょうか、たまたま蹴鞠の庭でふと女三の宮を見かけて、すっかり恋心になったのです。そして、病気になった紫上が六条院から実家筋の二条院に引き取られ、病気の養生をしている時です。光源氏がそちらに行っている暇に、柏木が通ってきて密通してしまうのです。

 この密通によって、子どもができます。かつて藤壺(ふじつぼ)と子どもができた、源氏自身が犯した大きな罪が、柏木の不義によって因果応報の目を見るのです。つまり、女三の宮は源氏の正妻として来たけれども、女としては源氏から一度も顧みられず、罪の子を産んでしまうという非常に悲惨な目に遭うのです。これによって紫上は、やはり最終的に救われるのです。

 このように紫上は何度も何度も苦しい思いをするけれど、最終的に救われるのです。その紫上が死ぬ場面を、最後に読んでみたいと思います。

「御法(みのり)」の巻で、「中宮は、参りたまひなむとするを」というところです。

《中宮は、参りたまひなむとするを、今しばしは御覧ぜよとも、聞こえまほしう思せども、さかしきやうにもあり、内裏(うち)の御使(つかひ)の隙(ひま)なきもわづらはしければ、さも聞こえたまはぬに、あなたにもえ渡りたまはねば、宮ぞ渡りたまひける。

 かたはらいたけれど、げに見たてまつらぬもかひなしとて、こなたに御しつらひをことにせさせたまふ。〈こよなう痩せ細りたまへれど、かくてこそ、あてになまめかしきことの限りなさもまさりてめでたかりけれ〉と、来(き)し方あまり匂ひ多く、あざあざとおはせし盛りは、なかなかこの世の花の薫(かを)りにもよそへられたまひしを、限りもなくらうたげにをかしげなる御さまにて、いとかりそめに世を思ひたまへるけしき、似るものなく心苦しく、すずろにもの悲し。》

 このあと少し紫上や源氏が歌を詠み交わすところがありますが、略します。


●釈迦の入滅にも似た、紫上の幸せな死に方


《「今は渡らせたまひね。乱り心地いと苦しくなりはべりぬ。いふかひ...
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