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なぜプラトンの『国家』に「エルの物語」が必要だったのか

ギリシア神話の基本を知る(4) ギリシア人が考える「運命」

鎌田東二
京都大学名誉教授
情報・テキスト
人間は「運命」が定まっているとギリシア人は考えていた。ギリシア神話の中には、人間が運命を定められる様子を描いた物語があり、それはプラトンの『国家』の最後にソクラテスが語る「エルの物語」というエピソードとして語られている。運命はどのように定められるのか。「エルの物語」を紹介しながら解説する。(全5話中4話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:15:41
収録日:2022/03/29
追加日:2022/09/08
≪全文≫

●「運命」を定める存在とソクラテスが語る「エルの物語」


鎌田 それからもう一つ興味深いのは、ギリシア人は「運命」というものが定まっていると考えていたことです。

―― なるほど。

鎌田 では、その「運命」を定めるものはどういう存在(神様)なのか。これは、もともと神話の中にあったものを、プラトンが『国家』という著作で記しています。彼の対話篇の中で最も長い対話篇が『国家』なのですが、ここで正義について議論したのです。国というものを運営していくためには、どのような倫理、法、掟、秩序が必要であるかを論じていくのですが、その最後に、ソクラテスが語る「エルの物語」というエピソードが登場します。

 エルという人物は非常に勇敢な戦士で大活躍するのですが、戦いの中で傷ついて死んでしまいます。でも死んでしまっても体が腐らない。腐らないことを皆が不思議に思いながら、10日ほど過ぎます。そして2週間近い12日目がやってきて、いくら何でもこのあたりで火葬しなければいけないとなり、薪を積み、遺体をその上に載せて、火をつけようとした寸前で、エルはむっくりと起き上がり、「私は霊界を見てきた」と言うのです。

 これは、ギリシア神話に基づいてソクラテスが語るという筋書きの中で展開していくのですが、物語としてよくできていて非常に面白いのです。

―― はい。

鎌田 そのエルの物語を(続けて)紹介します。

 まずエルは、死んだら魂になって体から抜け出ていき、魂の世界(あの世)のほうへ行ってしまった。魂になってあの世に行くと、そこに2つの穴(天のほうの穴と地のほうの穴)がある。その途中に道をふさいでいる人(魂)がいて、その振り分けをしている。この世で善いことをした人は天の穴へ、悪いことをした人は地の穴のほうへと振り分ける。いってみれば、閻魔大王がジャッジするようなもので、アセスメントし、ジャッジして、2つのいずれかに振り分けられる。振り分けられたら、その世界で10倍の時間――例えば、この世が100年であったら1000年の期間――を過ごさなければいけない。このように振り分けられているのを、エルはその場に行って目撃する。

 すると、閻魔大王のような者に、「お前はどちらにも行かずに、一部始終を見ておれ」と指示される。そこでじっと止まって見ていると、人(魂)が穴に行っていき、いなくなったしばらくあとに、2つの穴から出てくる人(魂)がいた。地(地獄)の穴のほうから出てくるのは、ヨレヨレで疲れ切って辛そうな元気のない様子で、天のほうの穴から出てくるのは、喜びに包まれて楽しそうにはしゃいで陽気な様子だった。

 つまり、あの世も地獄のようなものと天国のようなものの2種類があり、どちらかで1000年ほど過ごした魂、つまりこの世の10倍の報いを受けて過ごした人(魂)たちが、もう1度その分岐点まで戻ってくる。そこから1週間か10日間ほど旅を続け、そしてあらゆるものを焼き尽くす忘却の野を通過し、忘却の川の水を飲んで記憶を失っていく。そうして生まれ変わっていく。


●自分で自分の未来を選択する、そのときの教訓


鎌田 そうして生まれ変わる前に、「モイラ」と呼ばれる必然の女神の娘3人のところで運命の糸車の紐をつけてもらうのです。このモイラが、ギリシア神話では非常に重要です。

 例えばエディプス王の物語も、運命の糸に導かれて父殺しをせざるを得なくなっていきます。あのような定められた運命、預言が成就する運命を、ギリシア神話はかなり深く信じていました。そのため、霊たちが旅をして「アナンケー」という必然の女神のところへ連れていかれるのです。

 必然の女神アナンケーには3人の娘がいました。モイラと呼ばれるラケシス、クロトー、アトロポスという3人娘です。3モイラですね。ラケシスが過去を司り、クロトーが現在を司り、アトロポスが未来を司る。そして、過去の糸車、現在の糸車、未来の糸車をつないで一つの運命にし、一人一人にきちんとその運命の糸をつけてくれるのです。

 その前に、それぞれの魂たちは、自分で自分の未来を選択するという段階があり、エルはそれを目撃します。見ていると、くじ引きで順番が割り振られ、多くの「生涯の見本」の中から、カードを引くような形で自分の運命を引き当てるのです。

 そこで、1番のくじに当たった人が、やや早まって「王様の生涯」を引き当てます。ところが、「王様の生涯」をよく見るとストーリーがあって、人生の中で子どもに殺されるなど王様になっても悲劇的な結末を迎えたりする内容でした。そこで(カードを引く前に)「王様の生涯」を最後までよく読んでいればよかった、となる。だから、最初にカードを引くことが決していいわけではないといった話が教訓的に語られたりするのです。

 そ...
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