●約40年ぶりの記録的な円安は構造的に起こっている
皆さん、こんにちは。シティグループ証券で通貨ストラテジストを務めております高島修と申します。今回は円安の問題を取り上げていこうと思います。
相場というのは、基本的にはその時々の金融環境によって大きく変わってきますので、構造的な観点からその時々の相場を語るというのは、あまり適切ではないと思っています。ただ、2022年の円安加速に関していうと、やはり日本の構造問題が底流に横たわっていると思いますので、そこにフォーカスを当てながらお話をしていこうと思っています。
まず、今見ていただいているグラフですが、これはドル円相場の購買力平価といわれるものの推移を示しています。
購買力平価というのは、このケースでいいますと、日本とアメリカの物価格差を考慮したうえでの適正水準ということになります。基本的には日本のようなデフレ的な国の通貨のほうが通貨高(円高)になり、端的な例でいくとアルゼンチンのようなインフレの国の通貨は安くなるという考え方に則っております。日本とアメリカを比べてみると、日本のほうがデフレ的で、アメリカのほうがインフレ的です。要は、アメリカのインフレ率が日本より高いものですから、購買力平価が示すドル円相場の適正水準は長期的、歴史的に円高・ドル安方向に変化してきているということです。
では、どういった水準にこの購買力平価があるのかという議論になってきますが、これはあくまでも一つの例でありますが、1973年4月を基準年に取って、消費者物価で見た購買力平価が赤い線ですが、これが今(2022年11月15日時点)、だいたい110円前後のところに位置しています。
消費者物価というのは、スーパーマーケットで売っているリンゴの値段のようなものなのですが、一方で、日本でいう企業物価である生産者物価で見た購買力平価は、今、90円くらいのところに位置しています。生産者物価というのは、企業間で売り買いしている自動車の部品とか、あとはパソコンの液晶画面のようなものの値段と考えてください。
そして、日本の代表的な輸出産品である自動車です。こういった輸出価格で見てみると、今、購買力平価が50円くらいのところに位置していて、一番下の線ということになってきます。
上から3番目の緑の線は、生産者物価で見た購買力平価と輸出物価で見た購買力平価を足して2で割った線です。要は、パソコンの液晶画面と車の値段を足して、2で割った線ということですが、70円くらいのところに位置しております。これを見ていただくと、非常に興味深いことなのですが、2022年の円安の加速によって、赤で見た消費者物価の購買力平価から相当上振れるような円安・ドル高が進行しているということがお分かりいただけるかと思います。
過去、こうした円安・ドル高がどういった時代に起こっていたのかというと、1980年代の前半、アメリカでレーガン大統領が「強いドル」を表明していた時期です。そのとき、アメリカのFRB(米連邦準備制度理事会:アメリカの中央銀行にあたる)の議長はポール・ボルカーという人でした。このポール・ボルカーのもとで、FRBが超引き締め策をやっており、アメリカの政策金利は20パーセントに到達し、日本との政策金利差が10パーセントまで開いていました。そういった時期になって、ドル円相場は赤で見た消費者物価を上放れる円安・ドル高が起こっていたわけですが、今回、その時以来の進度で、円安・ドル高が購買力平価対比で起こっています。非常に記録的な円安が起こっているということです。
この後お話しする通り、私自身は、約10年前にアベノミクスと黒田日銀の緩和によって円安が始まるその直前に、日本の構造問題を重視して、円高構造から円安構造へ転換するということを話していました。その見方は今も続けておりまして、今回のこの円安というのも、構造的な円安の色彩が極めて強いと思っております。
ただ、約10年前の2012年に構造的な円安を訴えた時も、そこから10年、20年の消費者物価で見た購買力平価あたりが上限となり、一方で、青の線で示されている、従来ドル円の戻りを抑えてきていた生産者物価で見た購買力平価が、今度はドル円の下値を支えるようなレンジではないかと考えていました。だいたいその10年前の段階で、想定していた長期的なレンジが、今でいうと90円から110円くらいです。そこから若干上振れたり、下振れたりする程度かと考えていました。
したがって、10数年間、構造的な円安論を展開してきたこの私にとっても驚くような円安が進行しています。繰り返しになりますが、消費者物価で見た購買力平価からの上振れが、1980年代前半のレーガノミクスのとき以来、プラザ合意前の水準に至っているとい...