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具体論なき「反撃能力」…日本の防衛力強化策の真相

台湾有事を考える(4)ウクライナ侵略の教訓と日本の反撃能力

島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授/テンミニッツTV副座長
情報・テキスト
短期間で終了すると見られたロシアのウクライナ侵略は、多くの専門家の予想を覆して長期にわたっている。ウクライナに対する西側諸国からの支援もその一因だが、それよりもロシアのつまずきのほうが大きく、そのことによる中国への影響は決して見逃せない。軍事大国が簡単に勝てない現代の国際紛争は何を意味するのか。先般改訂された日本の防衛計画を分析しながら、日本に必要な「反撃能力」について考える。(全9話中第4話)
時間:12:27
収録日:2022/12/19
追加日:2023/02/13
カテゴリー:
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≪全文≫

●中国に大きな影響を与えたロシアのつまずき


 そこで、ロシアのウクライナ侵攻があったわけで、これはかなりの教訓を中国あるいは世界にもたらしているわけです。習近平氏は、もともと中国の領土であった台湾の中国統一は「共産党の最重要課題」と言っているわけですが、プーチン氏のウクライナ侵略と中国の台湾統一は、歴史的に見ても地政学的に見ても、かなり重なるところが多いのです。その戦争の帰趨がどうなるかは、いわば習近平氏にとって生きた先行事例なので、非常に参考となると思います。

 プーチン氏はウクライナを攻める時、最初の3日間ほどでキーウを制圧して、そのあとはウクライナを完全に制圧すると見込んでいたようですが、なかなかそのようなシナリオ通りにはいきません。ウクライナ軍と市民の抵抗がかなり強く、ロシア側に補給上の混乱や、ウクライナの防空システムが簡単に壊れないなどもあり、情報戦になって世界中の批判がロシアに集中することになったわけです。そして戦争は長引いています。

 ロシアがつまずいたことは、習近平指導部にとってはかなりの驚きだったと思われます。中国にとって、世界第2の軍事大国のロシアは仰ぎ見る存在であり、とりわけ核兵器の能力は米軍をしのいでいるわけです。ウクライナの10倍の兵力を持つ軍事大国ロシアが、ウクライナに負けるはずがないと思っていたところが、現実はそうなりませんでした。

 そういうことも念頭に置きながら、台湾の武力制圧ということを考えてみると、台湾は中国から180キロの海峡を隔てています。ウクライナと違って地続きではありません。台湾海峡の潮流は意外に速く、天候も普段あまりよくありません。上陸作戦の適当な時期はたくさんあるわけではないのです。

 この海峡を莫大な兵力と艦船などで大量の物資を移動させるわけですから、大変ですが、中国はそれだけの輸送能力をこれまでは持っていなかったようですが、最近急速に高めているようです。しかし、それでも十分ではありません。大規模な艦船移動は、西側の宇宙衛星網で詳細に把握されます。西側や台湾の軍事当局だけではなく、世界に報道されることも中国にとってはかなりのマイナス要因です。

 また、台湾島の海岸はほとんど急峻な崖で、上陸に適した海岸線は台北以東の一部です。その海岸線には対艦砲などの火砲が密接して設置されており、上陸を阻む態勢がかなり整備されています。さらに台湾軍は、最新の巡航ミサイルや地対空迎撃装置(これはPAC3くらいですが)、これらの防空システムを強化していて、西側諸国も(台湾の)軍事援助にかなり注力しています。

 中国の攻撃には相当な抵抗が予想されます。台北の市民は約260万人ですが、それを囲む新北市は約400万人の人口があり、人口密度は高い。そこに軍事侵攻すると、恐らく相当の民間人が巻き添えになる危険があるわけです。それこそ世界の注目の的となりますが、民間人を犠牲にするといえば、ロシアのウクライナ侵略で、ブチャで殺害したと世界中が直ちに認識したわけです。そういうことで国際批判は集中します。

 そして、西側諸国は団結して対中国経済制裁を行うでしょう。中国は経済規模がロシアの10倍もありますが、ロシアよりはるかに西側との経済が相互浸透していて、経済制裁の影響は少なくありません。経済制裁で被害を受ければ中国経済は停滞しますが、民衆の共産党への信頼が揺らぐ恐れがあります。常識的、合理的に考えると、中国による台湾への武力侵攻というのは得策ではない。これは誰が見ても、大体そういうことがいえると思います。


●「敵基地攻撃能力」から変更も具体論に欠ける「反撃能力」


 さて、日本はどういう対応になってきているかというと、岸田首相は就任時すぐに、それまでの防衛3文書(国家安全保障戦略・国家防衛戦略〈旧・防衛計画大綱〉・防衛力整備計画〈旧・中期防衛力整備計画〉)を2022年の年末までに全面改訂するという約束をしたわけです。

 この防衛3文書の改定は、安倍・管内閣以来の懸案です。安倍氏は日本の防衛力強化を強く提唱して、防衛費の倍増について話していましたし、しかもその財源は国債を利用すればいいということを言っていました。菅氏はバイデン氏と、2021年4月16日の日米首脳会談で、台湾海峡の平和と安定の維持は重要ということで一致しました。そのためには日本の防衛力を格段に強化することを決意した、と約束しているわけです。

 岸田氏はバイデン氏と、2022年5月25日の日米首脳会談で、菅氏の国際公約を踏まえて、日本の防衛力強化のために防衛予算を相当額増加すると言っています。自民党では、防衛部会でいろいろ議論があり、GDP比1パーセントの防衛費を5年間で2パーセントぐらいにする必要があるのではないか、という議論がずっとあったわけですが、そこでこれ...
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