●「異時点間のトレードオフに気をつけろ」というIMFのメッセージ
前回、2020年の初めの予測と、その後パンデミックのマイナスの影響に対して徐々に政策のプラスの効果が出てきたため、予測そのものが変化したことを説明しました。さらに、2020年10月の世界経済見通しでは、2020年はマイナス4.4パーセントの成長ですが、2021年には緩やかな回復基調という認識にあったということも説明しました。
一方、今回は、マクロの成長率から離れて、金融市場の動向を見ていくことからスタートします。
金融資本市場においては、2020年の春に株式市場が急落した後、経済の指標は低迷しているものの、2020年夏以降、株式市場の上昇が顕著になってきます。市場はパンデミック後の回復を早くも織り込んでいるのだという説明がなされていました。このような状況にあって、IMFの金融安定報告書の分析が面白いので紹介したいと思います。
「ディスコネクト(Disconnect)と3つの異時点間のトレードオフが懸念する問題だ」というのです。
ディスコネクトとはどういう状況か。簡単にいえば、金融市場におけるリスク資産価格の上昇と実体経済状況の間に、乖離があるのではないかということです。実体経済は伸びていないのに、資産価格だけが上昇するという両者の乖離が大きくなればなるほど、いずれリスク資産価格の大幅な下落、調整、すなわち株式市場や債券市場の大幅な調整を招くリスクが高まるのではないかということでした。
また、3つの異時点間のトレードオフとはどういうことを指すのか。トレードオフという言葉は、2つのことがあるとして、あることを重視すればするほど、別の事柄が成り立たなくなる、つまり天秤がどちらかに傾いてしまう、ということを指します。
まず第1番目に、各国の中央銀行が開始した国債、資産買入等の非伝統的金融政策は市場の急落を防ぐという短期的なメリットがありますが、一方でそうした措置が長期化・過度に拡大した場合、財政の借入が増え、経済全体における財政の位置づけが高まり、財政の役割が支配的になってしまうのではないか。民間の経済を圧迫して自律的な経済でなくなる恐れがあるということです。
次に、企業の資金繰りに対して、政府や金融当局が各種の短期的な支援を充実すればするほど、そしてそれが長期化すればするほど、一方で、長期的に企業の資本配分の歪みや財政リスクが高まる恐れがあるということです。
そして3番目に、短期的な施策として金融機関向けの規制を緩和して、銀行融資が継続できるようにするという施策には、信用の維持という意味では非常に利点がある一方で、もし銀行融資が不良債権化したら銀行資本がその償却に耐え得るのかという問題が出てくるということです。長期的には、バブルが崩壊した後の日本のように、銀行資本に対するリスクや信用秩序そのものに対するリスクを考える必要があるということです。
このように異時点間のトレードオフは、短期的な施策と長期的な影響ということを指しており、この「異時点間のトレードオフに気をつけろ」というメッセージをIMFは送ったわけです。
新型コロナウイルス危機の特徴である「不確実性」の高さに対応した各政策がもたらす、異時点間のトレードオフの存在を踏まえて、各国当局は今後、危機のフェーズに応じてどのように対応していくのかが課題だというのです。
●ダイバージェンスの問題
この指摘は、さまざまな政策や皆さんの日常の判断考える上でも大切な視点だと思います。良いことだと考えて遂行すると、別の問題が待ち受けているかもしれないと常に考える必要があることを教えてくれていると感じます。
IMFの指摘の場合、2020年当時の短期的な施策が、異時点である現在、あるいは近い将来にトレードオフとして現れてきているかどうかチェックする必要があります。財政が自律的な経済を圧迫していないか、企業の資本の歪みを生じていないか、銀行資本に問題はないかという視点ということになります。
さて、そして2年前の2021年に移ると、また様相が変化していきます。次の図表を見てください。
世界経済は回復見通しが確固たるものになりつつあり、2021年4月の世界経済見通しでは、2021年6.0パーセント、2022年4.4パーセントと予想しました。
しかしながら、ダイバージェンス(Divergence)の問題が出てきます。ダイバージェンスとは直訳すると、「相違」とか「分岐」になりますが、この文脈では「違い」とか「ばらつき」という言葉がしっくりすると思います。国ごとの回復速度にばらつきが出てきて、各国内においても産業別に回復に違いがあり、さ...